不幸は味方じゃない
ー森絵都「ラン」を読んでー(読書感想文みたいな感じ?かなり飛躍してるけど)
私は著者に説教を受けたような気分になった
今までの人生を振り返ってハッとした
私は不幸を利用して逃げてきたのではないかと
中学3年生。友達の訃報を聞いたあの日
世界中の人を「幸福」と「不幸」に分けるならば、自分はどちらかというと「不幸」に分類されるのではないか、と思った
嬉しかった。認められた気がした。今まで不幸を求めて飢えていた自分にやっと不幸がやってきたのだ
中途半端じゃなくて、とてつもなく大きな苦しみ
その日から、私は自分に「不幸」というレッテルを張り始めた
「不幸」は私にとってすごく都合が良かった
「不幸」を使えばあらゆることから逃げることができた
不幸を人に言うと心が軽くなった
ある種の優越感をも感じた
気づけば「不幸」を求めてた
探してた
願ってた
初めは友人の訃報という不幸だったけど、小さな不幸や漠然とした不幸に変わって
自分は不幸だから何をしても無駄だと
人と関わるのもなにかに挑戦するのも
私が今から何をしたってどんなに努力したって失った友人は帰ってこない
それは確かだけど
「不幸」で逃げ続ける
そんな自分がすごく憎く感じた
屑だなと思った
何かがあった時、目の前にある「不幸」が輝いて見えるかもしれない
だけど、「不幸」にすがるのはやめてほしい
それは、悪いことだからやめろといっているわけじゃない
自分が辛いから
「不幸」は味方じゃない
「不幸」を利用して逃げていたら幸せになんかなれないよ
「不幸」を探すんじゃなくて、「幸せ」を探して生きてください
「不幸」を探すのはやめて
それと、森絵都「ラン」、すごく良い小説だったから読んでほしいな
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
確かにそうかもなと思いました
不幸が眩しくて幸せが霞んで見えてしまう…
なんでだろうな?
幸せの基準がわからない
森絵都さんのカラフル読んでなかったら読んでみてください!
生前の罪により輪廻のサイクルから外された「ぼく」の魂が、天使業界の抽選で再挑戦のチャンスを得るという物語で、最後が特に驚きました!
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください