伸ばし続けていた髪を、思いきって切ってきました。
ヘアドネーション。
こんな役立たずで、自分自身の存在意義を見いだせなかった私が、唯一できるかもしれないと思った、誰かへのせめてもの貢献。
どうでもいいことかもしれませんが、私の実物はここでのアイコンみたいに髪が凄く長かったんです。
おろすと太もも辺りまで。「長すぎて気持ち悪い」とまで言われてしまう長さ。
たぶん伸ばして3年は経つかな…と思います。
伸ばし始めたのは、はじめはただ様々なヘアアレンジをしてみたかったから、という軽い理由からでした。
でも、忙しさと精神の沈み、そして美容室へ行くことへの面倒さで切るタイミングを失い続けた結果、「髪が凄く長い子」で皆に覚えられてしまうほどのスーパーロングヘアになってしまいました。
そこで、以前からヘアドネーションという存在は知っていたので、私の髪でも誰かの役に立つなら…と思って寄付をすることにしたんです。
ただ、その一方で考えることがありました。
ヘアドネーションをするために髪を大事に伸ばしている人もいるなかで、こんな私の軽い思いつきで寄付をして「誰かの役に立ててる!」なんて一人いい気になるのは、まるで自分のエゴのために行動しているのと同じなんじゃないか、と。
そう思い始めるとどうしても思考が悪い方に引っ張られて、自分の首を絞めるように「ヘアドネーション 意味ない」なんて検索の候補にあった言葉を調べてしまうこともありました。
更に、ウィッグを作るために髪を提供するということは「髪があるほうが良い」という価値観の押し付けになってしまっているんじゃないか、なんていうことを考えてしまうこともありました。
ウィッグは必要な人、望んでいる人の元に届くものなのに、こんな考え方意味分かりませんよね…。自分でもなに考えてるんだろうって感じです。
そしてどちらも、今思うと各方面にことごとく失礼な考え方だったと思います。
ただ、そんな風にぐるぐると考えているなかで、一つ思ったことがありました。
それは、誰もが何かしら、誰かの役に立てる可能性がある、ということです。
ここではよく、「自分は生きている価値がない」「誰の役にも立てない」「死んだ方がましだ」なんて言葉を目にします。
実際私もよく書いてしまいますし、今もそう思ってしまう癖は抜けません。
ただ、考えてみると案外そんなことないんじゃないかな、と思ったんです。
例えば、私の場合は伸ばした髪を誰かに提供することで、どこかで誰かが笑顔になってくれたかもしれません。
例えば、時間に余裕があったから、と協力した献血が、どこかの誰かの命を救ったかもしれません。
それに、こんな風に自分の身体を犠牲にしなくても。
例えば、してはいけないと思いながらもついやってしまった自傷の跡が、誰かに「一人じゃないんだ」と思わせたかもしれません。
例えば、あなたがここに流したふとした言葉が、誰かの心を、命を、救ったかもしれません。
本当のことは、誰も、何も、分からないけれど。
でも、それでも、そんな風に考えてみると、案外生きているだけで、私達は誰かに知らず知らずの内に貢献しているのかもしれないと思えてきたんです。
エゴでも何でも良いんです。
自己満だと言われても関係ありません。
そうやって考えることで、少しでも心を軽く出来るなら、それって良いことだと私は思うんです。
それに、自分の考え方は他の人に覗かれることも無いのですから、少しくらい自分を肯定してあげても、誰も何も責めることはないし、出来ないんです。
考え方の視点を変えてみる、というのは簡単なようで難しいですし、誰もが私のように思えるわけでもないので、この考え方をしてみて!と強要するつもりはありません。
ですが、これを読んだ誰かが救われるといいな、なんて…それこそ私のエゴですが、そう思って独り言のこの小瓶を広い海に流します。
何が言いたいのか分からないような文章ですみません。
長文、乱文なのにここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
少しでも、あなたの心を軽くするお手伝いが出来ていれば幸いです。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
素敵ですね
ななしさん
エゴじゃないよ
欲しくもないのに押し付けるのとは違うでしょ?
欲しいけれど自分ではどうにもできない人に
それを手に入れるチャンスができたんだから
ありがとう
どこかで誰かがきっとそう思ってるよ
ななしさん
ヘアドネ出来るくらいのキレイな髪で良かったですね
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください