こんなに頑張ってるのに誰も褒めてくれない
分かりやすく成果が出た事柄(例えばピアノの発表会で上手くいったとか)でも、家族は褒めてくれない
確かに例で挙げたピアノは毎日家で練習してるから劇的な変化には見えないかもしれないけど、もっと分かりやすく褒めてくれても良いじゃん
普段からこんな事考えてるなんてめちゃくちゃカッコ悪いな……
褒めて貰えないと頑張れないなんてもう小学生でもないのにほんと情けない
しかも最悪なことに褒められても素直に受け取れないんだよね。多分相手にもそれが伝わっちゃってるから褒めて貰えなくなったんだよね。
どんなに出来が悪くても頑張りを認めて欲しいって思うくせに、いざ褒められたらこんな事で褒められても嬉しくないって思っちゃう。
素直になりたい
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
褒めてもらいたいなんて、当たり前です。
私も褒めてもらいたいな。
甥っ子を見てると、自分で服が着れただけですごーいって褒められてて、羨ましくなっちゃいましたよ。
大きくなると、中々褒めてもらうことってないですよね。
私も親にあまり褒めてもらった記憶がないです。
素直になれないのも分かるな。
私の場合は自分に自信がないから、こんなんで調子乗っちゃいけないって自分で喜ぶことにブレーキかけちゃうんだよね。
何でだろうね。
私も素直になりたいな。
ななしさん
カッコ悪くなんてないですよ。私も褒めてもらいたい派です。けど、誰かに褒めてもらうのは嬉しいけど、ほんとうに嬉しいと思える時は、自分が確かに頑張って、そのおかげで成果が出せた時だけです。そして、その頑張りがわからない人に褒めてもらっても嬉しくないんです。例えば、私は学生時代ずっと祖母の介護をしてきました。それについて、すごいねーとかよく頑張ってるねと言ってきた親戚がいるのですが、私は全く嬉しくありませんでした。なぜなら、その親戚は祖母の介護をしていないからです。どれだけ大変かは同じくらい頑張った経験のある人しかわかりません。あなたでいえば、あなたが弾けるレベルの曲をあなたよりもっとスラスラ弾けている人とか。ピアノの先生とかが該当するのでしょうか。その人にすごいねって言われたら嬉しいけど、それ以外に言われても嬉しくないなって思ってしまうとか。料理だって、味を褒めてもらえるのは嬉しいけど、その料理を作るのにどれくらいの手間がかかるかをわかっている人に褒められたらもっと嬉しいみたいな。あなた自身が、あなたのレベルを1番理解しているからこそ、いやここで褒めてもらっても嬉しくない。だって自分はもっとやれるし。とかって思ってしまうのではないですか。ちなみに人を褒められる人イコールいい人ではありません。なぜなら、褒めることなんて誰にでもできるからです。褒めるイコール相手に喜んでもらえるイコール自分も気にしてもらえると考える層が一定数いるのも事実です。そういう彼らは人を褒められる自分を褒めてもらいたいんです。だから、たとえ人に褒められても、褒められなくても、自分の頑張りは、自分だけが理解してあげればいいんです。自分のことを理解してない人に褒められても虚しいだけです。でも、自分が尊敬できると思える人に褒めてもらえたら、それは素直に受け取る。その時はきっと素直になれるはずです。
自分で自分を褒めてあげて下さい。
ななしさん
それは家族が悪い!絶対に家族が悪い!わかりやすく褒めてもらう権利がある。かっこ悪くない。褒められたいってお腹が減ったからご飯食べたいってくらい自然な欲求だから恥ずかしがらなくていいって。当然だよ。褒められても素直に受け取れないのはさ、褒めてくれない現実に君の心が合わせようと我慢しちゃってるんだよ。いいんだよ。些細なことで褒められて舞い上がっていいんだ!もう真正面からそれ家族に言おうよ、もっと褒めてよ!って。あるいはさ、一回褒める路線でやってみない?試すくらいいいでしょ!って。
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