最近人として成長できた気がする。
相変わらず生きてるのが苦しくて生きるか死ぬか迷う精神状態の続く毎日ではあるけど、なんというか、人生のゴールの数なんて無限大で、私がやらなくちゃと思ってたことなんて他人にとってみれば(私にとってみれば、でもあるかもしれない)馬鹿みたいにどうでもいいことだったんだなと、心の底から納得した。
勝手に生き方を自分で極端に制限しまくって突っ走ってガス欠起こして、こんな夢のない体はいらないや、なんて思っていた。中身が伴わなくてもいいから夢を見させて欲しいって、思ってた。完全無欠で誰からも非難されない人間がいいと思ってた。
そんなのできっこなかった。
でもできっこなくてよかったと知った。
死んだら終わりなんだから人生適当に楽しもうよ、という言説を今まで理解できなかった。
いつも自分を否定してくるかも知れないなにかに追い立てられていた。今もまだそう。
立ち止まった(ている)人間や途中退場した人間は見下されるべき存在だと心の奥底で思ってたから、あんまり友達ができなかった。
誰よりも先走ろうとして誰よりもはやくペシャンコになってそれでも誰よりも早く回復して、誰よりも何かについて執念深い人間だった。
「私は一体何に追われていたのか」その正体を未だ掴めきれずにいるけど、もう逃げようと体を動かすことはできないんだ、ということだけわかる。
多分、自分が無力だということを真正面から認めたくなかったんだろうな。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
小瓶、拝見させていただきました。
自分でその境地に達せられたこと、すごいな、と思いました。
私も、迷う側の人間です。
毎日、心底嫌気が差しています。
でもそれは、私も自分の無力さを認めたくないからなのかな、と小瓶を読ませていただいて、思いました。
私も人を見下したり、そんな傾向があったので、これとの闘いなのかな、と強く感じました。
どう、向き合おうか。
私も、隣で悩ませていただきます。
ただ、小瓶主さんがこの小瓶を流してくれた決断に、敬意を評します。
ありがとうございます。
名前のない小瓶
自分が無力だということを真正面から認めたくなかったんだろうな。
私も同じ経験があります。
私の場合、自分に対して過度な期待や夢を抱いていました。もしかしたら、こういう風になれるかも知れない!と内心思いつつ、そんなそぶりは見せずに生きていくと、中学生だか高校生ぐらいになると現実を目の当たりにして、もうどうでもいいや状態にもなりました。
今思うと良いお灸になりました。変にプライドが高い所が多少改善されて生きやすくなっています。
自分を認めることって難しいですよね。でも、期待をしたり自信を持たないとやっていけないこともあるので面白いな〜と思いつつ生きています。
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