人によっては不快な要素が含まれているかもしれません。
この世に裁ける罪なんてないと思う。
例えば、BがAに会社で酷いハラスメントをしていたとして、Aが、Bを殺めてしまった時、おそらくAは殺人罪で逮捕される。
だが、AはBのハラスメントに耐えられなくて、Bを殺めてしまっているから、Bが悪いと捉えることもできる。
でも、BがAにハラスメントをしているということは、Bになんらかの心理的な負担がかかっていたということが予想できる。
じゃあBに負担をかけた人が悪いのだろうか?でもこの人もまた何者かにストレスをかけられていたということが予想できる。
つまり、この場合、悪い人がいるわけではないが、法律という一部の人たちが勝手に作ったルールで、誰かが理不尽に裁かれることになるのだ。
ではもしBの性格が生まれつき悪くて、人を虐げることでしか快楽を得られないのなら?その場合、Bが望んでそうなったわけではないはずだ。
2年ほど前に、刑務所で一生暮らすために、二人の民間人を殺めて、無期懲役になった人がいた。
その人は幼い頃から両親に虐待を受けていたらしく、就職する先がなかったので、一生ご飯を食べることができる刑務所に入ろうと考えたらしい。
この例でも、犯人の両親が悪いように見えがちだが、犯人の両親も親から虐待を受けており、虐待を普通のことだと思っている可能性もありうる。
この例でも悪い人はやはりいないのだ。
そもそも悪いとはなんだろう。
何をしたら悪いということになるんだろう。
正義とはなんだろう。
なぜいつも悪が正義に滅ぼされなければいけないんだろう。
そんなの理不尽じゃん。
不平等じゃん。
でも、一度くらいはヒーローになってみたいなぁ。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
悪が少ない方が、多くの人にとって都合がいいから。できるだけ、悪は少なめに抑えたい。
別にゼロにはならなくても、悪の影響を最小限に抑えたい。
100人の村に、働けないから食べるために泥棒をする人が90人いたら、その村はおそらく滅ぶ。
だから、できるだけ働けるように、可能なら働かなくてもいいように、仕組みを考える。
100人の村に、15人程度は養える実業家が10人いたら、その10人は残りの90人に泥棒をさせないようにする方が、実業家たちのためでもある。10人を養っても5人分の利益は残る。だから、窃盗は禁止にする。10人の実業家にとっては理不尽かもね。では90人を追い出して、実業家10人の村にするか?10人が年をとったら?病気になったら?その状態は持続可能と言えるのか?
悪い行いはあっても、悪い人はいないかもね。
もしもその行いが多かったらみんなが困るのが悪行。
悪い行いをわざとして刑務所生活なら、罪の償いではなくてやはり悪行。それでも法律上、人権はある。
矛盾点や機能していない点があるにしても、悪行を裁く仕組みは必要だと思う。情状酌量の余地ありで裁いたりさ。
バレない悪行の方が社会にとっては害だと思うんだよね。バレないから万引きとか。悪行なら全て裁判でとは言わなくてもバレてしまえとは思う。
悪行を減らしたいからではなくて、だけど私もヒーローのようになりたいな。
ヒーローにはなれなくても、身近な人の歯車を一個外して、悪行を少なくさせることはできたらしたいな。これからも悪口は言わないようにします。
名前のない小瓶
奏へ
ほんとは分からないのに、勝手に一人の人を悪者だって決めつけて、その人をいじめてる人たちってやっぱやばいよね…
今自分のこの小瓶読み返してみたら、無茶苦茶読みにくいってことに気づいた…
寝る前に小瓶は流すべきじゃないなぁ
お返事ありがとね〜
名前のない小瓶
まかろんの言うとおりだよね。実際悪くないのに悪者扱いされたり、証拠がないから信じてくれないってあるもんね。
誰が悪いかなんて第三者にははかれないんだよ。きっとその人自身にしかわからない。そう考えると虐めをしている側、それに賛同している人ってやばいね
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