最近何故生きているのかが本当に分からなくなってきました。
何のために長生きするのか、何のために後世に血を継がせるのか、人生だから?という自問自答ばかり繰り返してしまいます。だけど人生はどっちにしろ終わりがあるものだから全て無駄になるような気がします。
私は学生なのですが、四月から受験生です。なので勉強をしているうちに、する意味ってあるのかな、今勉強してもいつ死ぬかわからないしする意味なんてない。なんて思考に至ってしまいます。
どうせ死ぬなら今楽しいことをしておかないと時間がもったいない、とも感じます。
私は常識のなっていない人間が苦手です。
なのでこのまま勉強せずに偏差値の低い高校に行くのもとても嫌です。
誰か私に勉強する意味、やる気をくれませんか。それに、皆さんもこのような考えに至ったことはありませんか?あったら、なくても教えてくれるとありがたいです。返信待ってます
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
白蛇
私は定期的に燃え尽きてしまうタイプの学生でした。中学二年生あたりから、勉強する意味が分からなくなり、成績の浮き沈みが激しくなりました。
同時に、10代の頃は、自分が何のために生きているか分からないまま、ぼんやりと悩んだまま過ごしてきました。
結局、その意味を見出だせないまま、適当に回答欄を埋めておけば入れる高校に行きました。
高校生活の三年間は、だらだらバイトをしたり、部室で駄弁っているだけで大半が過ぎました。大学受験もやる気が出ず、とはいえ、両親親戚から大学は行っておけと言われ、同じく適当に回答しておけば行ける大学に行きました。
ちょっとした転機があったのは、大学一年目の夏頃でした。たまたま受講していた講義の教授から、ゼミナールに来ないか、と誘われたことがきっかけでした。
そこで、初歩的ではありますがデータ解析を勉強し始めましたが、これが自分にとっては凄く面白かったです。それを人前で発表するのも、思いの外楽しめました。
データ解析に関する知識は、今、私の勤めている職場でおおいに役立っています。勉強したことによって、生活して行けるということは、確かに意味があるのではないでしょうか。正直、これが無ければ、私は愛想笑いの他に、何にも無い人間と言っていいくらい、いい加減な人間です。
結局のところ、今でも教養科目の勉強は好きになれませんし、意味を感じられません。それは、私が専門性のある領域までその学問を学べていないからだと思っています。
正直、中学高校で学ぶ範囲のものは、よほどハイレベルな環境でない限り、あくまで教養の域を出ないと思っています。そこに面白みを見つけるのは難しいんじゃないでしょうか。
個人的には、そのあたりの勉強は程々にやっておけばいいのではないかと思います。意味とかじゃなく、義務としてどんな科目でも7〜8割以上の得点は取ることがノルマのゲームみたいに。
その上で、何か面白いと思えることが見つかれば、より深く学んで行くくらいのもので良いと思います。
最後に、生きる意味というのは未だに分かりません。このまま行くと、結婚もしないでしょうし、子供も作らないと思います。私の血はここで途切れるかもしれません。
しかし、ささやかではありますが、楽しいこともあります。読書、飲酒と喫煙、無謀なナンパくらいのものですが、それでも愉快な気持ちで生きています。
楽しいことも、のめり込めば身を滅ぼすものだと思っているので、程々で良いと思います。程々の勉強、程々の遊び、半々くらいで丁度良いと思います。
物事はいつか終わりが来ますが、問題はそれがいつなのか分からないことだと思います。明日、死ぬと分かっているのなら、仕事なんかしてる場合じゃありません。
しかしながら、あと十年二十年、生きてしまうかもしれません。となれば、多少なりとも備えが必要です。
そういった意味で、やはり勉強半分、遊び半分くらいにしておけば、大きく身持ちを崩すことは無いと思います。
乱文乱筆、失礼いたしました。
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