ボロボロになりながら、それでも戦い続けてる人たちを遠くから見てる。
あの人たちは死にもしないし、休みもしないし、逃げもしない……どうしてだろう?不思議だなぁ、と思いながら眺めてる。
死にたくないからなのか。
誰か、自らのためなのか。
本能的なものか……
いろいろ理由があるんだろう。
今ぼくが休みつづけている、逃げつづけている、死んでいないのにも理由があるように。
そのひとつには、はじめに言った『ボロボロになりながらも戦い続けてる人』の存在がある。
その人たちが自らのために戦っているとしても、それはぼくのためになっている。ぼくがこの世界に生きていられる理由になっている。
まあ、その姿を見るのはつらいけどね。でも、目をそらすわけにはいかない。あの人たちに敬意を。感謝を。忘れちゃいけないと思って……ぼくは、その人たちに対して何もできないけれど、手を差し伸べない最低の傍観者かもしれないけれど、
ここに 敬礼を――!
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです
名前の有る小瓶
ななしさんへ
お返事ありがとうございます。
大槻ケンヂさん、お名前は存じ上げております。様々な背景があって出来上がる歌(曲)。私もよく歌を聴き、泣いたりしております。
貴方にも、そうして心に響くものがあってよかった……なんて思ったり。
お返事主さん、今日もお仕事お疲れ様です。
日常の合間にこの小瓶を拾い、お返事を書いていただいたこと感謝いたします。
ありがとうございました。
名前のない小瓶
90年代、アングラなロックバンドであったのにどんどんカルト的な人気を集め、本人はその客観的な成功と自分自身の認識の相違による鬱病に苦しんだ筋肉少女帯の大槻ケンヂさん。
「タチムカウ」「221B戦記」「人生は大車輪」「トキハナツ」「銀輪部隊」「サーチライト」
当時は何とか自分を奮い立たせるようなそういう歌が見受けられます。
自分は仕事でコテンパンな日、車の中でこんな曲を流しながら涙ぐみながら帰っています。
大体世の中みんな、見えないだけで背中に矢がいっぱい刺さりまくりです。
たまたま倒れていないだけで。
人それぞれ耐久力に違いがありますが、耐久力のある人はより苦しい負担を背負う世界なのです。
自分よりも更に苦労を背負っていながら見た目涼しい顔をしている人たちがいる、本当にすごい。
でも自分は自分、それぞれの耐久力のある限りは立ち向かい続けてみせるしかない。
逃げた者と立ち向かい傷つき倒れた者は、結果が同じでも周囲からの評価はきっと違いますよ。
名前の有る小瓶
ななしさんへ
えっ!めっちゃ小瓶多いし、ひとつひとつわりと長文なのに全て見てくれたんですか!?
ありがとうございます!!!お疲れ様です!
お返事主さんの思い、無事に小瓶主が受け取らせていただきました。
ありがとうございました。
ななしさん
あなただって闘い続けているじゃないですか。
休む事は逃げる事ではありませんよ。
自分を投げ出さず、それでも生きようとしている。
あなたは今、命の洗濯をしているんです。
生きる目的を探して答えのない迷路に入っているなら、目的なんて今は要らない。ただ、生きてるだけで、生かされているだけで。
いつかあなたも、苦しみを誰かを救う喜びに代えられたなら、あなた自身も救われると思います。
あなたの小瓶、全て見ました。
傍観者の強味は客観性と、視点の豊富さです。
あなたはそれを持っていると思うので、大切にしていって下さい。
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