「1分でも30秒でも、考えない時間を過ごしたらチョコベビーを食べる」っていう作戦で、
最近考えないことが上手になってきました。
長期的利益よりも短期的利益を優先してしまうことがここ最近の悩みだったんだけど、
長期的利益にみずから短期的利益を付加すればよいんだな!!!…と。(つまりご褒美)
犬のしつけとかもそうだよね。
人間の長期的利益のために、
犬にも短期的利益を付加しようっていう
それがご褒美だよね。
あとね、
高校生のときにここでね、
「感じ方が違うのって不公平だと思ってしまうなぁ」
っていう話を書いたのね。
そのときに色々、いろんな意見をいただいて。
そのひとつにね、
「人間って好みだと思う」みたいなお話があって。
たぶん当時高校生だった私と、そこまで年齢変わらなかったんじゃないかな…。
ざっくりとしたニュアンスしか覚えてないんだけど、それがすっごく印象に残ってて。笑
最近の自分、それに近い考え方をするようになったなって。
社会的に見てこういうのが評価される、とか
この場面ではこういう話し方がいい、とか
レポートでは論理的な視点を持って書く…とか
そういうのもぜんぶ、好みじゃないかなぁって
思うんだよね。
ちがうだろ!!!って思った人も絶対いるよね笑笑
でもね
「丁寧な話し方」も「ちょっとくだけた話し方」も、
どっちも性質じゃない?
そこに優劣なんてそもそもないじゃない?
そこに「いい」「わるい」の意味を加えるのって主観なのかなって。
その主観の背景には、好みがあるんじゃないかなって。
あとはそうだな、
大学の先生でも、論理性をどのくらい重視するかって
わりと人によって違う気がしてて。
もちろん論理が完全に破綻してたら評価してもらえないけど、
論理性よりもむしろ、
創造的な思索だったり、新しい視点だったり、あと話のまとまりだったり、
その辺りを重視する人も多いなって感じてて。
大学での提出物の評価って、
わりと好みも反映されると思う。
それが必ずしも悪いこととは思わないけど。
なんか、わりと人間って好みだなぁって
思ってる最近の話でした。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください