落書き吐き出し程度のことを誰でも構わないから見て読んで聞いてほしい。
去年の8月から体調を崩して仕事を辞め今に至る。心は弱い分体が丈夫な所が自慢の自分がこんな長期間原因不明の眩暈と頭痛で療養することになるなんて夢にも思わなかった。
10代20代中盤まではミュージシャンになるんだと身の丈に合わない夢を必死になって追いかけていた。しかし、気づけば大好きだった音楽を適当な理由を付けてやめてしまった。自分の努力と才能が足りなかった事を人に見られたくなかったんだと思う。
この時点で空っぽになってしまった自分を無理矢理生かすために興味のない仕事を転々と繰り返して来た。知識も技術も無い自分にできる仕事は限られていたのかもしれない。沢山の無茶な仕事を文句を言いながら繰り返した。寝ずに働いた、休まず働いた、遠い場所で何日も働いた。明確な目的も目標も将来のビジョンもなくその場凌ぎの評価が欲しくて無理に働いていたんだと思う。その中で心がすり減っていったのかどうかは分からないが気が付けば今の自分が出来上がっていた。何がしたいか、何ができるか、何をするべきか、それすら分からず。何も出来ない、したくない、するべきじゃない、こう考えている。ネットで沢山のネガティブな情報に浸ったせいで自分がしたいことすら無意味に感じている。今後の自分の心配をせず世間の悪口を間に受けて死んだ方が楽だと思っている。
無価値な自分に絶望する。
実際問題肉体の苦痛と精神の苦痛から解放されるなら死んだ方が楽なのではないか?はやから遅かれいつかは死ぬのだから。生きていれば素晴らしい景色や体験が沢山できる事も知っている。しかし同じくらい悲しい事や恐ろしい事、そして今よりもっと自分に絶望する出来事に直面するんだと思う。自分を高める事でこういうネガティブな考え方が改まるのかもしれないが現実そう甘くない。そんな考え方を改める時間があるなら楽に死ねる方法を考える。
そんな浅はかな考えばかり巡らせながら今日も寝れない夜を過ごしています。
死を愛する日々は続く
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください