私は障害者です。幼稚園に通っていたころに検査を勧められ発覚しました。あの日の出来事は今でも忘れることが出来ません。検査結果を母が聞いた後自分は直接結果を聞けませんでしたが帰りの車を運転する歪んだ母の顔見て障害者なんだと悟りました。
当時はリビングと和室を襖で仕切った二部屋しかない小さなアパートに父母弟自分の4人で住んでいました。その日は寝付けず自分はこれからどうなってしまうのだろうと怯えていました。多分深夜だったと思います。外出していた両親が帰宅しリビングで揉めているのがわかりました。
母が「私は障害者の子供はいらない。育てられない。施設に入れましょう」泣きながら言っているのが聞こえました。続けて
「弟がいるじゃない。子供は1人で充分」ともいいました。
父親は「そんな事して○○家はどうなる?ご近所にどう説明するんだ」といいました。
その後も色々いいあっていたと思いますが僕にはもう耐えられませんでした。布団をかぶり何も考えないようにして寝ました。弟がその日から凄く憎いと感じるようになりました。
次の日父親が「檻に入るのと普通の人間として生きるのどっちがいい?」
と聞きました。当然私は檻なんて入るなんて恐ろしいので普通に生きると約束しました。そこから僕は地獄の日々が始まりました。どんな辛くても親にはばれないようにしました。いじめられても1人で耐えました。普通の人間じゃないと思われて捨てられるのが怖かったからです。母親はよくお前は産んだんじゃない川で拾ったんだと自分にいいました。
弟は全て許され悪いのはいつも自分でした。物を盗まれても家を閉め出されても悪いのは自分でした。
褒められた事も愛してると言われたこともない。自殺しようとしたら父親に殴られました。本当は自殺しようとなんて思っていませんでした。愛してるって言われたかった。でも父親は「お前が自殺したら残された俺たちはどうなると思う?〇〇家をめちゃくちゃにする気か?俺の仕事も無くなるかも知れないんだぞ」と言われました。
15年間誰も信じられませんでした。
大学に入りなんとか作った友達も自分のメッキが剥がれるとみんないなくなりました。どんなに必死に耐えても前に進もうとしても障害者の自分は普通の人間にはなれませんでした。これから先就職しても一生この地獄が続くのだと知ってしまいもう終わりにしたい死にたいです。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
適当なことを言うわけに行かないとは思いますが。。。
〇〇家の呪縛から解き放たれたのではないでしょうか??
誰か一人メッキがなしでも付き合える人に出会えることを祈ってます
名前のない小瓶
すごく失礼なこと言いますが
ご両親ひどすぎません…?
明らかな差別です。
「普通の人間」って?
人によって普通は違います。
その一つ一つが尊いのです。
他人が踏みにじってはいけない。
こんなことしか言えなくて
本当にごめんなさい。
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