これから死にます。という内容の小瓶や実際に命を絶ってしまったという人の小瓶を見て、優しかった自死した義妹を思い出してつらくなって、しばらくここに来れなかった。
ここには書けないようなとてもショッキングな方法で自死した義妹の、小さく、小さくなってしまったお骨を私が抱いてその家に帰った。
あの時と同じ気持ちになってしまった。
死にたいという内容の小瓶を見るのがとてもつらかった。
お義父さんは何度も何度も、あの子が呼んでるから俺も行かなくちゃ。と言っては、みんなに止められていた。
母の妹が自死した時も、叔母と母はしばらく寝込んでしまって、母はご飯も食べられなくなって、眠れなくなって、衰弱して3ヶ月も入院した。そしてそのまま精神病と認知症が悪化して施設に入った。
つらくて死にたい気持ちになる事だってあるし、それを否定する気もない。
でも、本当にやってしまったら、残された方だって、それがトラウマになってしまうくらいつらいんだよ。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
とりす
2通目のななしさん、お返事ありがとうございます。
2通目のななしさんが謝る事はありませんよ。
余計なお返事でもありません。
それで影響を受けてしまう人達の事を考えての問題提起の小瓶だったのですね。
優しいお心遣いをいただいて感謝しています。
ななしさん
2通目のななしです。
申し訳ありません。
リンクは、"自殺予告を含む小瓶を流すことに関して、問題提起をした小瓶"だったのですが、直接は飛べないようになっていたのですね。
何度も流れ着かず、やっと掲載された小瓶だったので、お返事に内容を書くとまた弾かれるかもと思い、リンクだけになってしまいました。
余計なお返事をしてしまって、ごめんなさい。
とりす
3通目のななしさん、お返事ありがとうございます。
お友達、今も無事に暮らしていてくださるといいですね。
3通目のななしさんが話を聴いてくれただけでも、そのお友達は嬉しかったと思いますよ。
本当に身内の自死というのはつらいです。それまでにも義妹からは直接そのつらさを聴いていたり、苦しんでいた事も、経過も知っているし、元気だった頃の思い出もある分、もっと何か出来る事があったんじゃないだろうか?なぜ助ける事が出来なかったんだろう?あの時もっとこうすればよかったんじゃないか?と思ってしまいます。
家族が自死した人の自殺率が高いのも、その影響がとても大きいからだと思います。
義妹が亡くなってから、義妹の日記を私が貰い受けましたが、そこには私が話を聴いた事へのお礼が書かれていました。そして、自身への絶望も。
今も、私や息子に優しくしてくれた義妹に何もしてあげられなかったという気持ちが消えません。
死にたいという気持ちを聴いたり、そういう小瓶を見るのは、そういう気持ちになる事だってあるよね。という気持ちでまだ大丈夫なのですが、いついつ死にます。これから死にます。の小瓶はその一線を越えてしまっていて、お返事ももう間に合わない事もあるからなのか、その時の無力感やつらさが蘇ってしまいました。
実際にやってしまう人というのは、義妹もそうですが、苦しくて苦しくて、もうその事しか考えられなくて、残される人達の事なんて考える余裕もない状態なのはよくわかっているのですが…。
それでも何もしてあげられなかったという無力感や寂しさ、つらさは自分が思っていた以上にありました。
正直言って、私も未遂をした事があるのですが、義妹の事があってから、もう家族にこんな思いをさせたくないのもあって、それよりは家族に甘えて、今の自分自身を受け入れて、無理しないで出来る事だけして生きることを選びました。
とりす
2通目のななしさん、お返事ありがとうございます。
残念ながら貼られたリンクを見ることは出来ない状態でしたが、お心遣いありがとうございます。
また心の安定を取り戻せたらなと思います。
とりす
1通目のななしさん、お返事ありがとうございます。
それは、自死する前にも何度も死のうとした義妹を知っているので、重々承知の上です。
それを実際に見ていた、聞いていた、それでも助ける事の出来なかった人達のつらさもご存知ですか?
実際、苦しくて苦しくて、他にもう何も考えられない状態だった事もわかっています。
そうでなければ、とてもあんな残酷な方法で自死する事など出来なかったと思います。
それでも、助けたかった、生きていて欲しかったと思うのは、そういう人達を見てまたあの時と同じ気持ちになってしまうのは間違っていますか?
ななしさん
考えてしまいますね…
リアルで相談できる身近な人から「なんでも言ってね」と言われても、とても心がつらくてそんな気持ちになっているなんて事を伝えていいものかと悩んでしまう。
そして口からは何も言葉が出なくなって、感情が消えてしまいそうになる。
10年来のネットの友人がいましたが、私もその友人もとても病みやすく、メンタルヘルス系のサイトで知り合った仲でこれまでずっと何でも話してきました。
心を支え合ってきたと思っていたその友人ともう数ヶ月連絡が取れておらず、もしかしたら今度こそ…と思ってしまいます。
私はその人に何ができただろう?
いつも自分ばかりが助けられてきたのではないかと思う日々です。
友人は親を自死で亡くしていて、いつもそのことが頭に浮かんでしまって辛いと、いつか話してくれたことがありました。
私は想像するしかなくて文字で話を聞くしかできませんでした。
残された人にとって、身近な人の自死はずっと重く残るものだろうと思います。
勉強しようと自死遺族について検索して色々読んだのですが、その時に「当事者同士で傷を話し合う」と書いてあって、もしかしたら私では友人の助けにはなっていないのかもと思ったりしました。
これを書いている私も、先日流した小瓶で温かい言葉をもらって今少し元気になりましたが、またいつあの黒い感情に襲われるのかわかりません。
それでも感情に任せて表現すると、それが誰かの傷に触れるとしたら…
ななしさん
お返事失礼します。
下記の小瓶を流したものです。https://www.blindletter.com/view.html?id=199289
小瓶主さんのような方がいらっしゃるのではないかと、心配していました。
一度目にしてしまったものは取り消せませんし、影響はとても大きいと思います。
小瓶主さんのショックが少しでもやわらぎ、心安らかになられますように。
ななしさん
言いたいことはわかるよ。でも、
それが考えられなくなるくらい、苦しんだと思う。
死ぬしか道がないと思えるくらい。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください