幸せになるためには努力が必要ということ、そして今まで私は何一つ努力をしてこなかったということを、20年以上生きて今になって、ようやく気づいた。
学校に行って勉強して、他人にとって私は「努力」しているように見えるかもしれない。私自身自分は「努力」ができる人間だと思っていた。しかし間違いだった。実際のところいつもやっているそれは真の「努力」ではなかった。
自分の目標ないし幸せを見据えて、それに向けて行動を起こすこと。目標達成の途中にある自分にとって困難なことに挑戦すること。
私はそういった「努力」を一切してこなかった。
ただ「できること」をやっているだけだったのだ。高いプライドが壊れることを恐れて「努力」を嫌い、自分の生きる目標からも目を逸らした。
この半年くらい、いや正確にはいつからかわからないけど、自分が生きているのか死んでいるのか曖昧である感覚があった。その大きな理由の一つがはっきりした。(なお、その他に慢性的な孤独も理由の一つであると考えている)
自分の問題点は分かっている。しかし、身体が動かない。
先月、こんな自分を変えるチャンスがあったのだが、結局行動に移せず、それ以来自己嫌悪が本格的に酷くなっている。
私は「努力」ができないしこれからもできる気がしない。「努力」して自分の運命を変えられないなら高い理想を捨てなければいけないが、それもできない。
これが私の本心で、こんな自分に吐き気がして治まらない。
今日も汚い部屋で布団の上で、うつのセルフチェックとか適当に検索してぐずって時間を溶かしている。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
「努力」って、どこからどこまでが努力なのか、人それぞれだと思います。あなたにとっての努力が、他人にとって努力じゃなくたって、それはその人にとっての努力だから、あんまり気にしなくていいと思う。
「出来ること」と「努力」は違うかもしれないけど、努力できなくても、自分にできることをできるところからやっていったら、少しずつ成長すると思います。「できないことを無理にやる」よりは「出来るところから頑張ってみる」方がずっといい。無理しないでできるところからやらないと、疲れちゃうよ。
自分に合った方法でちょっとずつ生きていけば、気分も悪くならないと思います。高い理想は、捨てなくていい。その高いところに向かってちょっとずつ頑張れば、必ずそこに辿り着く。だから、無理しないでください。自分のペースで。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください