私は死にたくない。というより、人に忘れられたくない。
80年も経てば、私もきっと年老いて、私のことを知ってる人も多分そんなにいない。
だから、今のうちにたくさんの人と関わりたい。誰かの助けになって、誰かの大事な人になりたい。
みんなの人生の助けになりたい、でもそれが忘れられたくないっていう利己的な理由なのが、自分のダメなところを突きつけられているようで辛い。
そもそも、私はそれで誰かを助けられてるんだろうか。誰かに寄り添うことが、必ず誰かの助けになるのか。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
人助けをすることで、人の記憶に残る。
それが、ただの利己的な行為だとは思いません。
助けてもらった人は、「助けてもらった」という事実に救われはしても、その陰にどんな思惑があったかということは考えないと思います。
ただ、人生で関わる人全てが助けを求めている人ではないでしょうから、そうなると小瓶主さんの願いを叶えるためには、人を救うことを主眼とする職業につくなどが、現実的には一番の近道ではないでしょうか。
身内のかたに尽くす人生でも、願いは叶えられるかもしれません。
私の知り合いも、かつて小瓶主さんと同じような悩みを持っていました。
その人が選んだ解決策は「家族を持って、たくさんの子孫に囲まれる人生を構築する」でした。
大きな偉業を成す人は別として、自分がしたことをいつまでも忘れないでいてくれるのは、やはり身内だからというのが、その人がその道を選んだ理由です。(ちなみに策を実行にうつして、今は3人のお子さんがいます。一人でも多くの子孫に出会って何かしてあげるために、長生きするんだと言ってます)
小瓶主さんの希望とは違うかもしれませんが、そういう道もあります。
どんな人助けの道を選ぶにしても、どうか人との出会いを大切になさってください。
小瓶主さんのこれから先の出会いが、善きものでありますように。
ななしさん
「忘れられたくないっていう利己的な理由」これ、いいと思います。
このくらいの利己が混じった行動が社会に溢れても、悪い社会にならなそうだから。
自分も相手も大切に。小瓶主さんの身近で笑顔が増えますように。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください