自分って、何で生きてるんだろうと、思うときがあります。こんな馬鹿で何をしてもうまく行かなくて、周りより秀でた才能も何も無い…そんな自分が何故生きているのか、よく分からないんです。
何のために生まれて、何をするために生きて来たのか分からない、頑張ろうとしても長く続かなくて、周りが協力してくれても決して頑張ろうとはしない。そんな自分が、私は嫌いです。
だから何回も死のうと思いました。だけど死ねない、死ぬ勇気がない…そんな感じ。
何度も調べた、死ぬ方法を、でもどれも出来ない。
私は、自分の親が嫌いです。俺に元気をくれたものに対してこう言ました「子供が見るようなものだから早く卒業しろ」と、確かに多くは子供がみる、だけどこれが好きな大人だっている、これに元気や勇気をもらった人がいる。それを侮辱され、蔑ろきされた気分で、同時に私の人生を侮蔑された気分でした。ですが私は言い返せませんでした。理由は当然、私の人生は侮蔑されても仕方がなかったものだったからです。
誰か私に、生きる意味を教えて下さい
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
「子供が見るようなものだから早く卒業しろ」この意見に反対。
子供が見るようなものでも、見る目が変わると見方が変わっていて、同じものが同じではないから。
子どもの頃にトトロを見たときは「トトロに会いたいなぁ、猫バスに乗りたいなぁ」だったのが。大人になったら、メイちゃんより先にサツキちゃんの髪を結ってあげたお母さんの気持ちにジーンとした。
好きは好きのままでいていいんだよ。好きの中から、気付く時がくる。
「周りより秀でた才能も何も無い」それでいい。身の回りの自分のことを自分でできるようになったり、好きを応援する気持ちがあれば十分。
俳優より、スタッフやスポンサーの方が多くて当たり前。オリンピック選手より、スタッフやスポンサーの方が多くて当たり前。
秀でた才能がある人より、それを支える人の方が多くて当たり前。
ちなみに、身近な人の秀でた才能も歴史上の人物と比べたらそれほどたいしたことないと思う。
昔と違って今は、秀でた才能やアイデアがあっても1000年を超えられなくなっちゃってると思うんだ。今を生きる人の一人一人は多分たいしたことないよ。今を生きている人が何の文化を繋げていけるかだと思うんだよね。
一人がいなくてもいいけど、集団の中の一人が重要。多様性という意味でも。
まぁ、だから生きていてよ。
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