現代ではしばしば、生きていることを実感できない。もしくは、実感を求める傾向が見受けられる。
生きることを実感するために人がとる行動は様々であるが、ここでは割愛する。
私が、気が向いた時にする行動として『遺書』を試しに書いてみるということである。
この世に残る者へ、なにを伝えていこうかと考えるうち、この世の未練を思い出すのだ。
大抵は人をいやに思い死にたくなる。そのため誰に対しどう思っているのかを思い返し、どうでも良いことではないかと思える機会なのだ。
さて、この小瓶を言葉の大海より拾い上げたあなたに、お尋ねしたいことがあります。気が向けば、この瓶に同封してまた海へ放り投げてください。
“遺書にはなにを書きますか。”
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ごろー
思いつく限りの人に感謝と謝罪を書くと思います。
また、その人と一緒にいて嬉しかったことも書くかと思います。
自分は遺骨を海に散骨してほしいから、その旨を書くかと思います。
こう書いていくと末期癌で寿命予測が出てるようなときではないと遺書は書かないなとおもいました。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください