病が体を蝕むほどに、死を待つ心を穏やかにするらしい
身体は病んでいないのに、どこか死を穏やかに感じる。
どこかで死を待つ私が、今穏やかにその時を過ごしている。
涙を流しほど恐れた死を、ただの時間が穏やかにしたのだろうか。
死の時を、極身近に感じ、待ち侘びる
その時はいずれくるものと、抗いもせず
おかしな話だ。愚かだという私もいる
病でもない、まだ若いと彼女は云う。
死を恐れなければ、生きていけないという私もいる
無を恐れよと彼女は云う。
いずれ死はくる、たかが後60年もない命が、そんなに短く感じるかと、問うてくる私もいる。
遺書には何を書こうかと、笑って尋ねる私もいる。
練習だよ、いずれは書くのだろう?と冗談めいて彼女は云う。
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ななしさん
死をはっきりと意識して、生きていくとは、哲学者のハイデガーみたいですね。
私はハイデガーの本は難しくて、読み終えることは出来ませんでしたが、人間は死ぬものだとということを前提した考えにはどうにも惹かれてしまいます
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