親が無条件に何よりも子供を愛するようになる。というのは、やっぱり無理があるなと経験上思う。
どんなことにだって例外はあるし、愛し方がそもそも間違っていたり、子どもよりも自分が大切と思ってしまう親がいても、大きな不思議はない。
それより、子どもは親を愛するように出来ているというか、愛するしかないという話の方が自分にはしっくりくる。
だって、客観的には問題のある親だったとしても、子どもでいる限りは、その親についていないと生きることができないんだから。
その親を好きでいたいとか、親に認めてほしいとか思うのは自然なことだと私は思う。
親を憎むというのも、結局、(自分は慕っているのに)期待した愛情が親から受けられなかったことの苦しみとか悲しみ、怒りが心にべったりくっついているからでは?と考えたりする。
でもどっちにしても、親だからと言って、子どもを支配したり搾取していいことにはならない。
傷つけられるのが当たり前になってはいけない。
そういう親からは全力で逃げていいと思う。
親といてしんどいとか、心が悲鳴を上げている状態こそが自分にとっての答えだと思うから。
今、親とうまくいかないことを悩んでいる方、
どうか両親が世界のすべてではないと、できるだけ小さな頃から気づいてほしい。
確かに家族に頼れないのはきつかったり、友達の家が羨ましかったり、寂しく感じることもあるかもしれない。
だけど、外には必ず親よりあなたを大切にしてくれたり、あなたが大切にしたいと思う人がいる。
その人に会えるまで諦めないでほしい。
その人に会えるまでの間、苦しいときは、
自分の状況をもし親友や恋人が抱えていたらどうだろう?と考えて、その人にかける言葉を自分にかけて自分をいたわって。
何かができるから価値があるんじゃない。
寝込むしかないときも、泣くしかできないときも、人の価値は変わらない。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
明るいお手上げ
小瓶にお返事いただきありがとうございます。
私の小瓶の内容が不快な思いをさせてしまっていたとしたら、申し訳なく感じます。
孤独が身にしみる立場でもあり、たしかに独り身で寿命を全うする覚悟は必要だなと思いました。
遺書について。
私もエンディングノートの記載はしてあり、自宅に置いてあります。
持病もあり、配偶者も恋人もいません、ひとり暮らしです。
友人は何人かいます。
年に数回会う仲間ですが、私の生き死に関してまで託すような関係性にはありません。
人との出会いって、プライベートなものに限らないと私は考えています。
私も自分が亡くなったあと、整理を依頼できる個人的な付き合いのあてはありません。
その代わりと言ってはなんですが…、制度やサービスを活用しようと考えて実行しています。
地域の相談窓口に相談したり、ひとりで生きるために敢えて人に介入してもらうことにしています。
地域の相談窓口の相談員の方は、私の大事なつながりです。
たとえ仕事で自宅を訪ねてくださる相手にしても、それもいただいたご縁、支えてくださる手だとありがたく感じます。
孤独死したとしてもそのまま数ヶ月放置など最悪の事態を招かないようにと自分では思いながら日々過ごしています。
あと、自分自身が自分にとっての一番の理解者になりたいなぁと思っては失敗し、またやり直し…の試行錯誤中です。
自分を好きになることって、とても難しい。
もしかすると、自分を許せたり、好きになれたら孤独感のようなものは軽減するのかもしれない…なんて考えています。
名前のない小瓶
こんにちは。
私は親だから子だから愛し愛されるのが普通とは思っていません。
私は歴史が好きですが、親と子でお互い争ったなんて多数あります。
私もまた親とは縁を切られ、もう20年近く会っていません。
所詮父と母からDNAをもらっただけの関係と思ってます。
ただ私には友人も恋人もいません。
ずっと孤独です。
孤独の世界に、15年以上います。
この間、プライベートで誰かと食事をしたことがありません。
もう出会いは諦めました。
死ぬまで独りでしょう。
誰かと出会うためには、それなりの能力とか器量、そして精神力が必要です。
私にはそれらがなかったというか尽きてしまいました。
これからの時代、未婚率は上がり続けるでしょう。
孤独死の問題ももっと出てくるでしょう。
近所で孤独死された方がいるなんて人もいるのではないでしょうか。
人間いつ死ぬかはわかりません。
持病がある人や孤独の人は、なんらかの死ぬ準備というか覚悟は必要なのではないでしょうか。
自死するということではありません。
死は誰にでも平等なのですから。
私は遺書を用意してあります。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください