優しい人たちを知ってる。
心の綺麗さ
温もり
愛情
それらを、私は知ってる。
だから、自分の汚れがよくわかる。
同時に、その人たちから受け継いだ美しい部分が自分にもあることをわかっている。(たぶん)
優しい人たちの闇の部分を知ってる。
愚痴 憎悪 冷たさ 無関心
それらを、私は知ってる。
だから、自分の汚れはよくあるものだとわかっている。
同時に、それら以外は美しいものだと思い勝手に判別していることを理解した気になって自惚れているんだ。(知らんけど)
綺麗なままでなんて、とてもいられない。時間をかけて考え何度も書き直せる文章でさえ、言葉が乱れ始めわけがわからなくなるのだから。
もう、めんどくさいんだ。
何が善いか悪いか。法律で定められている罪すら、全て悪いと即決できかねる世界で、考えて考えて考え続けて思考を巡らすのは疲れるよ。
きっと、こんなことを考えるより、学校に行って勉強した方が美徳だという話はもう、私にとっては何も美しくない。
なんとなく、謝っておこう。
ごめんなさい。
謝ったから、感謝もしておこう。
ありがとう。
そして締めのあいさつ。
さようなら。
まだわたしは生きてゆく。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
名前のない小瓶
有、お久しぶりです。
文章にしようとすると、とたんにわけが分からなくなって、ぐちゃぐちゃになってしまう。でも「上手く言葉にできない部分」こそが人の綺麗なところであり、汚いところでもあるのかな、と。有の文章を読んで思いました。
ごめんなさい。
そして、本当にありがとう。
またこの海(充メ)で出会えることを願って。
水音るる
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください