大好きな叔父が亡くなりました。
思い出そうとすると、顔いっぱいの笑顔しか思い出せない。
「根性だ! 」「そんなもん気合いだ!」「男ってのはな!」が口癖だった。
「医者が出す薬なんかよ、呑むことねえんだよ! 人間ってのはな、気合いなんだよっ」って。
本当によく喋るし、周りにエネルギーをムダに撒き散らして、場を明るくする人だった。
普通なら死ぬような目に遭っても死なず、それこそ気合いで治してきた人だった。
なのにドジなところもたくさんあって、
その話をするときは照れるように頭をかきながら笑っていた。
久しぶりに会うおじの亡骸は、確かに年をとってやつれていたけど、
これまで見たことがない、とても優しく穏やかな顔でした。
こんなに優しい死に顔、これまで見たことがないというほど。
これが叔父の本当の心根だったんだ、と思いました。
お骨になって出てきた叔父。
これまで何回か親類のお葬式に参列してきたというのに、
今回ほど不思議な思いでお骨を見つめたことはなかったと思う。
これが、叔父ちゃん・・・・これが叔父ちゃんをまとっていた骨・・・本当の叔父ちゃんってどれなんだろう、
人って・・・・何だろう・・・・私ってどこからどこまでが私なんだろう・・・・。
私たちって、なんのために生まれて出会って死ぬんだろう・・・・。
考えても意味のない問いが、勝手にわいてきました。
叔父の訃報を聞いたとき、
私の中で叔父ちゃんは「死なない人」だったことに気づきました。
「死」というものから誰よりも遠いところにいる、
生のエネルギーに満ち満ちてた人だから。
「あ、それでも死ぬんだ・・・・」と呆然とした。
みんないつかは死ぬ、死なない人はいない、叔父ちゃんですら死んだんだから。
なんだか急に、会いたい人には会わなきゃダメだ! やりたいことはやらなきゃダメだ!
人の悪口、噂話に時間を割いてる場合じゃない!
自分のこと責めてる場合じゃない! そんな時間ないんだ!
幸せにならなきゃダメだ!
そんな風に思い始めました。
でも、今日はすごく疲れてる。
昨日は朝から一日中、人と一緒にいたから。
ものすごーくよく喋る一族だから、
私もそれに合わせてついたくさん喋って、
すごく疲れた。
喋りすぎて、たくさんのすれ違いを生んだ家族。
精神が強くて、情が厚くて、正義感が強くて、でも自我もものすごく強くて、
これで家族が衝突しないはずはない。
私はそれとは別の、論理的で自制的な血も受け継いでいるから、
強すぎる情、強すぎる自我の犠牲になってきた自分を客観的に知っている。
だから、いとこたちも、あの強すぎる叔父のエネルギーをぶつけられ、
つらい思いをしたこともあったろう。
でも、私は叔父の姪だから。
叔父のあの明るさに、とてもとても助けられたから。
お別れの言葉は「ありがとう」しか出てこなかった。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
叔父さんのことをすごく好きだったことがとても伝わりました。
家族って同じ血が流れている分、ぶつかることが多い気がします。
それでも、体力を使いながらでも、しっかりご家族とお話できた主さんはとても素敵な人だと思いました。
素敵な小瓶をありがとうございます。
この思いが叔父さんにも伝わりますように。
ななしさん
良い家族ですね。
そして、大切なメッセージを最後に受け取れましたね。
あなたが生について、死について思ったことを忘れないでください。
ついつい忘れてしまう大切なことです。
あなたも、あなたの大切な人達も最後はおじいさんのような優しい顔で終われるように、楽しく幸せに生きてください。
私も読んでいて大切なことに気付かされました。
ありがとう。
ななしさん
大好きな叔父さんからもらった元気は、
これからも生き続けるんだろうね
それこそまさしく、「死なない人」だよ
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください