タイトルの通りだ
できるだけ人の役に立って死にたい
近所に献血カーがきてた
人出が減った分、献血センターに立ち寄る人が減ったのだろう
僕は献血ができない
病気で薬を飲んでいるから
骨髄バンクもダメそうだった
出来るだけ人の役に立ちたい
会社でも大して役に立つようなことはできず、
むしろなんとか宙ぶらりんにしがみついてるだけ
僕がいるせいで迷惑をかけてることの方が多い
いつもごめんなさいって思う
献血なら見えないけど誰かを助けられるかもしれないと思った
でもそんな些細なこともできなかった
誰かの役に立った実感をもって死にたい
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
私も同じように思って生きていました。
社会のなんの役にも立たない人間であることがとてもいけないことのような気がして。
でも、生きているだけで誰かの役に立っているという言葉を聞いて、ちょっと救われました。
極端な話かもしれませんが、病気でお薬を飲んでいるということは、その薬を作った人の「誰かのために」に応えているということ。
病院に通っていれば「あなたを治したい」という医師の気持ちに応えていること。
献血ができなくても、したいと思うあなたの気持ちは誰かのためになっているんです。
生きるためには食べなくてはなりません。
食べ物を買えば、作っている人の役にも立っています。服を買えば…もういいですね。
私も献血はできません。
外に出ることさえ難しいこともあります。
今の自分には何もできませんが、いずれ亡くなってから役に立とうと思っています。献体です。
医学生が人体の構造を学ぶために、医師が手術の手技を学ぶために、ご遺体が必要なことがわかりました。
そのためにも、なるべく綺麗な体でいたいと大切にするようにもなりました。
病気の有無は関係ないそうですよ。形が綺麗に残っていることが大切なのだそうです。
私がただ、生きているだけでいつか誰かの役に立てる、そう思ったら心が楽になりました。
少し話がそれましたが、「何か特別なことができなくても、私たちはちゃんと社会の役に立っているらしいよ」ということを、あなたにもシェアしたいなと思って送りました。
みちこ
誰もこの気持ちは分かるもんか、と思うかもしれないけれど、
とても共感します。
自分の存在自体が迷惑を全てにかけていて、適当に生きているだけ、みたいな。
否定はしないけれど、そうやって考えているだけであなたは凄い人だと私は思います。
綺麗事みたいでごめんなさい。
でも、献血カーの存在にすら気づかなかったり、あ、と思うだけの人もいたり、なんならいくら迷惑なことをしても何も気づかず、自分はいい事をしていると思っている人がいたり。
そんな世の中で自分の存在について悩みながら考えているのは、会ったこともない人にこんなこというのはあれかもしれないけれど、凄いと思うし、必死に生きてるから出来ることかな、と。
最後に何と声をかけたら良いのか分かりませんが、とにかく悩んでも生きていてくれてありがとう。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください