人生で起こることは全て必要なことで、必要なタイミングで起こる、とよく聞きます。
私も、そう思うようにして生きています。
逆に言えば、そう思わないと生きていけないくらい辛い人生、ということでもあります。
物事をポジティブに捉えるようにして生きていますし、実際、これでよかったと思える経験も少ないですが、一応あります。
でも、それでも、本当にこれでよかったのだろうか?「人生で起こることは全て必要なこと」という言葉を、現実逃避に使ってしまっているのではないか、など、不安に苛まれることも多くあります。
というか、不安な気持ちでいる時間の方が多いと思います。そういう意味では、まだまだ心が弱いのだと思います。
いつか、心が強くなり、心配事も少なくなるような日が来るのでしょうか?私次第だと思うので、他人に聞くことではないかもしれませんが、そう考えると、ふと、人生が虚しく思えます。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
同感です。
私も、人生で起こることは必然、みたいな言葉に疑問を感じることが多いです。
何年も前に言われた言葉や傷ついた事からまだ心が立ち直れていなかったりするので、あのことが無ければ自分はこんなに苦しんでなかったのに、とか、私を傷つけた相手は1ミリも心痛めてないのにとか思います。
だから、そうやって人生に起こることは全て必要なことってのは、そう思わないと残りの人生を生きていかれないから無理矢理ポジティブに受け止めようとしている人の言葉だと思います。心がえぐられて頭も心もそのことでいっぱいになっているのに、そんなポジティブになれる人のほうがある意味珍しいと私は思います。
そしてこれは私の経験ですが、そこで頑張ってポジティブになって笑顔で頑張って生きていたからと言って神様がご褒美を与えてくれるとは限りません。また次の試練を与えてきます。
勿論、ちゃんとご褒美をもらえて幸せになって、あのときの辛かったことがあったから今があるって笑顔で肯定できる人もいると思いますが、世の中平等じゃないのでみんながそうなれるわけではないと思います。
だから、私は感情のない人間になりたいと思うことがあります。そうすれば誰からも傷つけられないし、鬱々とした気持ちになることもない。そんなふうに思います。
ななしさん
私も同じように
人生に無駄なことは1つもないと、
必要なタイミングで起きていると、そう思って生きています。
そして同じように、
それって本当かな?自分への慰めかな、誤魔化しかな、現実逃避してるだけなのかな?などと迷ってしまうこともあります。
でも、嫌なことや、経験したくないことを避けて通って一見、楽な生き方をするより
どんな道でも目の前に進まなくてはいけない道を進む方が
きっと自分の人生は知らず知らずのうちに豊かなものになると信じています。
必ずしも強くなれるとは限らないし
迷ったり不安でいる時間の方が長いかもしれませんが
1つ乗り越えるたびに
乗り越えたことは自分の糧になっているとは感じませんか
何かしら、自分のためになったと思える部分があるのではないかと思います
生きている以上、悩みも迷いもなくならないと思います
そして
「成長は今足りないと思っているものを必死につけたすことじゃなくて、これでいいんだと受け入れること、認めること、許すことだと思っています。」
というお返事の文に
私も強く共感し
私もそれを胸に
認めたり許したりしながら
成長していきたいと思いました
なんだか
何が言いたいかわからない文章で
すみません
ななしさん
あまりうまく言葉で伝えられないのですが、
あなたは大丈夫だと思います。
現実逃避に使っているのではないかとか、もっと強くならないととか、その心配は、そこまでしなくても大丈夫なくらい、あなたは誠実でいらっしゃいます。
自分に厳しすぎるくらいかもしれませんよ。
そのままのあなたで大丈夫ですから、自分を監視する目を少し緩めてよいと思います。
強くなる必要よりも、ある意味いい加減さを身につけるほうが、あなたの不安が解消されるのではないでしょうか。
私も物事を深く考えすぎなところがあるので、偉そうなことは言えませんが、考えすぎて自分を苦しめてることって結構あると思います。
なので、緩めときましょう。(*゚∀゚)=3
冬
人生は不思議。
こうなりたくてもならない。そんな時、これは必要なことという言葉は時に支えにもなるし、主さんが言うように疑問にもなる。
現生で生きる限り、私たちはからだもお金も物も、加えて精神的なものも必要。それがあるから現在を生きてる。だから思うようにならない時支えがいる。
私たちは成長してかないといけない原則があるとしたら、今のしんどさを経験するという意味で、このしんどさは必要なことと言えるのかもしれません。
これは個人的な見解ですが、成長というのは心を強くすることじゃなくて、心が弱い私を受け入れることなんじゃないかなって思います。そこが主さんの現実逃避かもしれない不安につながるかもしれませんが、心が弱くてもいい、時には強いし、弱さから生まれる素晴らしいものは沢山あると思えることの方が、心が強くなることより結構難しい気がするのですが、いかがでしょうか。
自分がこのままでいい、弱くても生きていく、弱さを抱えて、出来るだけそこに良い悪いをつけず、それが自分だと見極めることが成長ではないかと感じています。
成長は今足りないと思っているものを必死につけたすことじゃなくて、これでいいんだと受け入れること、認めること、許すことだと思っています。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください