高校一年生の時、特に意味もなくハブられてから必要以上に友達に気を使って3年間過ごしてきました。
クラスは3年間持ち上がりです。
1年の頃も、今思い返したら心当たりは何一つないのに突然ハブられて、それでも私が悪いのだと一生懸命周りの機嫌を取ってクラスの子達と過ごしていました。
あの頃助けてくれて唯一リラックスして関われていた友達も、今は何故か気を使うこの対象です。
1年の時ハブもそうですが、
中学校の時悪口など言って友達と色々あったりしたので、
絶対に助けてくれたその子の悪口は言わないと決めていました。
他の子がいくらその子を雑に扱っても、
いくら馬鹿にしあっていても、
時々本気で言い争いになっていた時も、
私は絶対その子の友達の中で1番その子を大切に扱っていました。
他のクラスメイトもその子程とは行きませんが、悪口や貶すことはないように、
できるだけ一緒にいられるように不満も何もかも飲み込んできました。
それが都合のいいように取られてしまったのも分かっています。
2年に入った頃にはその子と他の子はとても仲がいいのに私一人だけ孤立していました。
ハブられてるわけでも、いじめられてるわけでもないのに、いつも何故か孤独感がありました。
都合のいい時は行動を共にして、
他の時は放ったらかし、
何言っても怒らないと思われているのか機嫌の悪い時は八つ当たりされたりします。
それでも怒りたいのを飲み込んで気付かないふりしてずっと学校に通ってます。
あと少しで卒業だね、
卒業したらあれしようねこれしようね!
と私抜きで話している友達をみて虚無感でいっぱいになりました。
中学校の時は悪口言って失敗してしまったから、
高校こそはと思って3年間ずっとニコニコしてきました。皆に優しくしてきました。
何が間違っていたのでしょうか。
中学生の頃みたいに友達にも遠慮なく言いたいこと言えばよかったのでしょうか。
これからイベントもあるのにもう限界です。
明日から同じことをされてニコニコしていられる自信がありません。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
冬
あなたは中学の時とても傷ついたからそうならないように、防御したんだね。それが人に気を使うこと。気を使っていれば傷付かないと判断したんだと思う。
何が間違っていたのか?と質問されたので思うところをお答えします。
全方位への防御は人との間に壁を作ります。壁の中にいればあなたは傷つくことはなかったかもしれません。ただ壁は相手にもわかります。本当でないことがわかります。傷つかないために付き合っていることがわかります。そこをもどかしいという人もいるし、そこを利用しようとする人もいます。
傷つかないために、イエスと言い続けてしまうのだとわかってしまいます。
それがもう限界に来たのです。それはあなたの能力の限界ではなく、人は皆そういうつくりになってるんだと思います。
遠慮なく言うのは、悪口を言うこと、文句を言うこと、人を貶めることではありません。
自分の意見を、あなたとは違う、わたしはこうしたい、して欲しい、と言うことです。
ニコニコしたくないならしない、自分に正直になることもまた遠慮なく言う、やることです。
それで離れる人もいるでしょうし、いっ時は色々言われるかもしれません。
でもね、もう新しい生活様式発動ですから。
今までのやり方が通用しない社会になってきました。それに合わせるように、あなたもあなたを正直に出しませんか。
1人は怖いかもしれない。
でもその清々しさを知っていますか?
あなたが迎合をやめた時、あなたらしさが育ちはじめますよ。
それは自分の長所や好きなことが見えてくる過程です。あなたの良さを知り、あなたと同じものが好きな人が必ず現れます。
限界になってよかったよ。
もう、他人になるなんてしなくていいから。
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