感情と現実感が時々薄くて辛いです。
感情は今まで何度も押し殺してきました。そのせいで、少なくとも喜怒哀楽の怒と哀が死にかけています。
幼少期は、私がしっかりしないといけないと、我が儘放題から一転、欲しいものやしたいことを我慢してきました。
中学生くらいからは悲観的で、それゆえに夜に泣いたりして、押し殺した感情を吐き出せていたのですが、高校の途中で、涙が出なくなっていることに気付いてしまいました。涙もろいのが悩みだったのに、今や泣けなくて感情のやり場がないのが悩みです。
怒れなくなったし、心が動くことも少なくなりました。感情を見ない振りをしていたら、見えにくくなりました。
喜と楽は人一倍あるままです。笑ってもすぐに真顔に戻りますが。何が楽しいんだろうって。面白いことがあれば、すぐにまた笑い出します。
現実感は、ふとした瞬間に薄れます。楽しいことがあると特に。
楽しい出来事が夢みたいで、現実感がなくて、時間が過ぎているだけで、記憶はあれどいつの間にか帰路についていて、ふわふわした感じです。
自分を現実に引き戻そうと必死で、全力で楽しめません。
何なんでしょうか。何が本心でどれが自分か分からなくなります。
楽しく生きているはずなのですが。過去は妥協して楽になったつもりなのですが。
それすらも見ない振りによって見える幻想でしょうか。
年々おかしくなっています。このまま大人になれば、壊れてしまいそうです。
とはいえ解決策は見つかりません。
どこで間違ったんだろうなあ。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
名前のない小瓶
「年々おかしくなってます。大人になれば壊れてしまいそうです」
その、壊れた大人から返事をします。
受け取った小瓶をみたとき、高校・大学の自分を見た気がしました。
社会では、怒りと悲しみを忘れた姿が理性的だとか完璧だといわれ、ふざけるなっていいたくなります。
わたしにも数多くの自分がいて、どれが本当の自分だか分からなくて迷っていました。
そんなとき、数多くいる自分の共通点をさがしました。
あなたも、共通点をさがしてみては?
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください