片想いを流しきれずにいます。ここで手紙にしたためて流せば少しは軽くなるかと思い、小瓶に入れてながすことにしました。
数年前のことです。とても気になっていた人でした。優しくて明るい人でした。すれ違えばそっと触って挨拶してくれたり、よく目が合ったり、いつのまにか横に座って話しかけてくれるような人でした。
酒の場でしたが、「大切な人をこの手で守りたい、だから強くなるんだ。」と真剣に彼が言った時、(ああ、好きだな)と感じたのをよく覚えています。
けれどもある時、どうも美人の彼女がいるらしいと噂で聞き、諦めてしまいました。それからは彼からなるべく目を逸らし、すれ違っても気づかないふりをして、彼を避けるようになってしまいました。急に知らんふりする私に彼が戸惑っていることのは肌で感じていたけれど、無視を決め込んだのです。
つまり私は、噂を確認し事実を知るのを恐れて彼から逃げ出してしまったのでした。
失恋の悲しみや彼への罪悪感をすり替えるように、「私が隣にいるより、美人の彼女といる方が彼も幸せなんだ」と自分に言い聞かせました。(勿論、彼女という立場と、ただの同級生の立場の違いはよく分かってました)
そうするうちに彼の方でも私にどうこうすることはなくなりました。次第に私達は同じ空間にはいるけれど、お互いを認識して挨拶することもなくなりました。
そしてついには会うこともなくなりました。
けれども。
誰の目から見ても終わっているのにも関わらず、今でも彼に似た人を見かけるたびにドキリとします。うまく呼吸ができなくなるのです。初対面の人と出会うと、彼の面影を見出そうとします。今でも彼を思い出すとやっぱり幸せになるのです。
自分でめちゃくちゃにしたのに、掴めない幸せだともう分かっているのに、なぜこうも引きずってしまうのか。自分で自分が嫌になります。
特に彼を傷つけたであろう自分の振る舞いを思い出して辛くなります。彼にとって私はただの同級生だったけれど、急に冷たい態度を取られたら誰だって不快な思いをするでしょう。
「長すぎる片想いは自己愛の一種だ」と誰かが言っていました。だとすると私はただの自己憐憫に陥っているのでしょうね。となると、今感じている彼への罪悪感も、もしかしたら自己憐憫の演出の一種なのではないか?とさえ思えてくるのです。
そう思うとなおさら自己嫌悪に陥ります。
けれど、やっぱり彼に出会えて良かったと思います。私という存在に気づいてもらえて本当に嬉しかったのです。
ありがとう、そして酷いことしてごめんなさい。好きでした。本当は今でも好きなのだけど、重たいよね。ごめんなさい。お幸せに。
この片想いはひどく幸せで、ひどく辛い思い出です。
伝えきれずにさようなら。
この支離滅裂な気持ちをこの場を借りて一気に書き出せて、少しだけホッとしました。ありがとうございました。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
ジーンときました(T ^ T)
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