死にたいわけじゃないんだけど生きてるのが苦しくてたまらない。
子供の頃から苦しかった。
みんなと同じようにできない。
みんなの輪に普通に入っていくことができない。
みんなと一緒に笑うことができない。
それでも人より何かが上手にできれば認めてもらえるだろうに、
人一倍不器用で何もできないから、誰からも見向きもされない。
大切にされない。
必要とされない。
相手にされない。
私を大切にしてくれる友達は常にいた。
でも、私と一緒にいるとその友達もグループから外れてしまう。
どうして人間社会でうまくやっていけないんだろう。
バイト先でも同じ。
同じ時期に入った人たちはどんどん他の人たちと冗談交わして、
新しい仕事もどんどん覚えて・・・。
でも私は仕事をするときは仕事にだけ集中して無口になってしまうから、
他の人たちと話すこともなく黙々と同じことをやるだけ。
新しい仕事も割り当てられないから、たまに振られてもできないし、
覚えようとしても次のチャンスがない。
失敗が多いから、仕事場の人の中には質問してもあからさまに無視する人もいる。
人間社会でうまくやっていけない。
子供の頃からずっとそう。
どうしてこんな人間に生まれてしまったんだろう。
生きていることが楽しくない。
楽しいことを見つけようと頑張ってきたし、人に優しくすることで自分を大切に保ってきたけれど、
こんな同じことの繰り返しの中で生きている価値がわからない。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
同じ気持ちでいる人はたくさんいるから、その気持ちをわかってくれる人もたくさんいるよ
その気持ちをわからなくても、どうにかしてあげたいと考えている人もいたと思うよ
伝え方がうまい人ばかりじゃないから、傷付いたこともあっただろうけど、傷付きながらも生きていけばいいと思うよ
自分はそう思って生きてる
ななしさん
幸せの範囲を、ちょっとコンパクトにしてみたらいいかもしれないって思います。
変な言い方ですけど、勉強が苦手で成績が悪い人が、名門の学校に行くのは不可能ですよね。
頑張って学力を上げる気がないのであれば、「高学歴であることの幸せ」は人生から排除する必要があります。
こんな風に、自分の能力とか環境とかタイミングによって、私達は色々な形の幸せを手放しています。
そして、自分が手に入れられる形の幸せで納得しようとする。
これが、幸せの範囲をコンパクトにするということです。
主さんは、自分の苦手なことをよくわかっているみたいですね。
だったら、その「苦手なこと」がどうしても必須である幸せの形は、一旦手放してみることをオススメします。
小瓶にあるように周りと親しくなれる雑談力とか、すぐにテキパキ出来る仕事の器用さとか、確かに素晴らしいものです。自分に無いものなら尚更素晴らしく見えます。
でも、その力が主さんにそぐわないなら、すぐ親しくなる、器用に立ち回れる、そういう幸せは自分の人生とは合わないと、そっと手放してみることです。
そして、そういう力が無くても幸せになれる場所を探しにいってみましょう。例えばさほど会話が必要でないようなバイト先に変えるのもありだと思います。
あなたが言う「皆」は、あくまで偶然あなたの周りにいる人達でしかありません。少し違う場所に行けばあなたとそっくりな人とか、あなたみたいな人にはこんな風に行動して欲しいという考えをもっている人とか、あなたの幸せのヒントになりそうな人がたくさんいます。
宛メも検索すれば同じような悩みがたくさんありますよ。
やりたいことと出来ることは違います。
あなたはずっと「やりたいこと」つまり「自分がこうなりたい人」にフォーカスを当てながら、それを目指して生きてきたんじゃないかなと思います。そうなれないと幸せになれないと、心のどこかで思い込んでいる気がします。
まず「自分がなれる人」について考えてみたらどうかなって思います。例え出来ることが少なくても、その出来ることを確実にやれるようにすること。その姿を評価してくれたり、好感を持ってくれた人だけのコミュニティでひとまず満足すること。
そんな風に、コンパクトな幸せの中で生きてみたら、今より楽しさや喜びが見つかるかもしれません。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください