親が優しくなった。
不登校から立ち直って欲しい、その一心で変わってくれた。
最初の原因は色々だったけれど、ここまでズルズル不登校のままなのは
正直言って両親のせいだった。
人のせいにしかできない自分も情けないけれど、実際にうまくいってなかった。
だけど学校の先生と私が話して悩みを打ち明けた後、
親が先生に呼び出されて、怒られたらしい。
それからは朝起きれなくても前よりは怒鳴りもマシになり、
学校に行けなくても怒られなくなった。
でも、それがまたプレッシャーになっている。
親がここまで変わってくれたのに自分も早く、、といった具合に焦っている。
そして、その焦りから親と喧嘩してしまった。
すると、一日中親は一切口をきかなくなってしまった。
自分は必死にいい子に戻ろうと頑張ったが、
その日は結局ずっと怒りっぱなし。
本当は焦っていてその怒りでこんな行動をしてしまったんだとか、
弁解したかったのにさせてくれない。
やはり、親は、私にいい子でいることを見返りとして求めている。
そう確信した。
自分達はプレッシャーなんてかけてない。
自由にさせている。
無償の愛だ。
こんな美しい言葉を親はよく使う。
でも私はそんなの嘘だと気付いている。
別にこのままでいいけれど、自分達は美しいんだと主張する親が腹立たしい。
こんな親を信じられないまま、学校に行ったり休んだりを繰り返している。
親のせいにする自分。
自分達を美化し、プレッシャーを与える親。
全てが嫌だ。
消えてしまいたい!
こんにちは。
厚かましいですが、私の意見を書かせて頂いてもいいですか?
あなたのその、お母さんへ対する不信感は
間違っていないと思います。
人が誰かに何かをしてあげる時、何も望んでない、してあげたいからしてあげてるの。なんてよく言いますが
あれは嘘です。
自分の思った良い方向に誘導するために
相手になにかしてあげるんです。
この内容は、色んなことに言えますね。
例えば
『今この苦しんでいる好きな子が
少しでも楽になれるように
何かをしてあげたい。』
これも人のためであり自分のためです。
苦しんでいる好きな子を放っておけないエゴですね。
結果として、相手が救われることもあります。
あなたのお母さんは、もしかしたら今、
周りの人間を気遣う余裕がないのかもしれませんね。
余裕が無いなら考えが及ばないのかも知れません。
考えが及ばないから浅はかな行動しか取れない。
浅はかな行動は相手に悟られてしまいます。
お母さんの浅はかな、こうしとけば変わんでしょという思考は
まんまとあなたにバレてしまいました。
あなたに今必要なのは他人からの思慮
身近な人間から排他されるような対応をされれば誰だって苦痛に感じます。
どこかであなたの問題もあるのでしょうが、
他人のせい、は確実に存在します。
あなただけの問題、あなたのせい、なんて言うふうには
私には読み取れませんでした。
人のせいでよいと思います。
少しでも自分が楽にならねば、
他人を思いやることはできませんからね。