私は都合よく使われることが多い。
友達でも恋愛でも。何においても。
ある子が親友と喧嘩したら、その間私がその親友の代わりをする。親友の埋め合わせ。愚痴や相談にのる。でもその二人が仲直りしたら私は用なし。ありがとうとも言われない。もはや愚痴を言われる側になる。どうして。
恋愛においても、彼女の埋め合わせ。仲直りしたら用なし。
私は誰かの代わりでしかない。
私は埋め合わせでしかない。
私だって一人の人間なのに。
私じゃなくていいんだってなるじゃん。
私っていう人間を必要としてほしくなるじゃん。代わりなんて虚しいよ。痛いよ。苦しいよ。私ばっかり好意をよせて、みんな離れてく。私じゃなくていいのね。
痛い。心が。毎日。痛い。薬を何錠飲んでも変わらない。切っても変わらない。何も変わらない。なら死んでしまいたい
自分のことかと思った。
お気持ちわかります、と安易な言葉で便乗することをお許しください。
私もいつもそんな感じになるのですごく共感します…
私じゃなくて誰でも良かったんだろうな、って
思うような関係ばっかりだと
ほんと心痛いですよね…
私も誰かの代わりとか、埋め合わせとか、人形とか
あとはその人自身を投影する鏡とか
そういうふうに自分が使われてるような感覚になること、多いです…
私もそこから完全に抜け出せたわけじゃないので、
なんとも言えないけど
もう我を通すというか
開き直るといいのかな?って最近思ってます。
むしろこっちが身代わりにしてやるわ!くらいの勢いで。
「私じゃなくてもいい、って扱いする人とは即サヨウナラ!」ってしたら
あなたがいい、って人と仲良くなれるのかな、
って最近思ってます。
私は今この小瓶を読んで
同じ気持ちを持ってる人がいる、って
救われる気持ちです…!