絆創膏があると安心する
いや、それだけでは不十分だ、怪我の上に絆創膏があれば良いと思ってしまう
自傷によるものなら完璧だ
治癒は素晴らしい機能だと思うけれど、同時に私は自分の怪我が治ることをつまらないと思うらしい
痛覚はしっかりとある、怪我を指摘されるのを鬱陶しく思う気持ちもある、それでも続けるのは、小さな痛みを耐えるための大きな怪我を切望しているからかなぁと思ったりする
要は捌け口扱いしているのだと思う
瘢痕そのものが多いから、今更増えようがどうでも良い
『ちやほやして欲しいから自傷するんでしょう』と断じられたのが忘れられない
自分を大切に思えるならこうはならなかったのかな
そう思えた試しはないし、やり方も分からない(理解しようとすらしないだろう)から一生縁のない話だ
同感です。
私も包帯や絆創膏などから安心感を得ます。
同じ事を感じる人がいるんだ、と少し嬉しい気持ちになりました。
時々むくむく勇気みたいなものが湧いてきたりしました。
どうしても心を強く保ちたい日に、絆創膏を体のどこかに貼ると、とても安心できるんです。
痛みが確かに存在したことの証であり、「あなたは何も悪くない」って言われているかのような気さえしてくる不思議。
自分じゃ自分を許してあげられないから、傷つけて罰を与えて、
それでよえやくちょっとだけ自分を許せる、そんな感じではないですか?
間違いなく生きていくために必要なものなのだと思います。
あなたにとっても私にとっても、今はおそらくそれが無いと心の大きい柱を失ってしまうような気がします。
今の自分をちょっとだけ救ってくれるもの、として、
力を借りられるうちは借りればいい、そう思っています。
親近感を覚えて、ついつい長い文章になってしまいました。
失礼しました。