物事の完成は観測者の納得によって生まれるものである。であるならば、たとえ別の観測者が「未完成」だと認識していても、特定の観測者が「完成だ」と認識していれば、その物事は彼らにとって「完成」されたものと言える。つまり、たとえあなたが「私は常に何かが不足している。人間として成長し、完成した存在になりたい」と思っていても、逆に、「私は全てを持っている。人間として完成している」と思っていたとしても、それは視点が変われば正しくも間違いにもなりうると言うこと。
と言うことはもしかしたら、私たちはこの世に形をなした瞬間からとっくに達成しているのではないだろうか。
2026.09.19 敬具
kan
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください