人から「よくそこまで一人でこなせるね」と言われることがある。
学校の成績、日々の生活、お金の管理。
どれも人並み以上にできてしまうし、周りから見れば「まだ若いのに親元を離れて自立してうまくやっている人」に見えているのかもしれない。
だけど、自分の中にはずっと、違和感、そして疲弊感がある。
最近、自分の過去を振り返る機会があった。
幼い頃から、いつ怒声や拳が飛んでくるか分からない緊張感の中で生き、物が目の前で壊されたり、包丁を向けられたりする日常が「当たり前」だった。
その空間で自分の身を守るために、私は自分の頭脳をフル回転させ、一人で何でもこなす能力を身に着けることでバリアを作るしかなかったのだと思う。
自分のIQの高さや、周囲との思考の違いについて知ったとき、妙に納得がいった。
周りとの感覚のズレや、居心地の悪さの正体が分かった気がした。
でも、それと同時にようやく気づいたこともある。
私は昔から、体や心が限界を迎えて悲鳴を上げているのに、持ち合わせた頭脳を使って対処法を瞬時に導き出し、無理やり状況をくぐり抜けてしまう癖がある。
持病の症状が出ていても、「これくらいできて当たり前」「もっと頑張らなければ」と自分を追い込み、体の悲鳴を押し殺してしまう。
「限界だ」と感じる基準そのものが、普通の人のそれとは大きくズレて麻痺しているのだと思う。
倒れる直前まで走り続けてしまうのは、幼少期から「一人で完璧にやらなければ生存できない」と思い込んで生き抜いてきたからだ。
一人で耐え抜いてきた過去は、努力の証、ではあるかもしれない。
けれど、これからも一人で身体を削り続けなければならない理由にはならないはずだ。
能力が高いことと、一人で耐え続けられることは全く別だ。
自分で自分を甘んじれない人間だからこそ、頼れる仕組みや環境を自分のために使っていく必要があるんじゃないか。
だけど、そう分かっていても、自分は頑張り続けてしまう。
なぜ私は、ここまで限界を超え続けてしまうのか。
その答えは、弱さを見せたら壊れてしまうと怯えていた過去の自分と、何でも一人で抱え込もうとする自分のプライドの中に、まだ残っているのかもしれない。
そもそも、「限界」ってなんだろう。
辛くなるライン?そこを超えたら倒れたり、死んでしまったりするライン?
人によっても違う。
よく分からない。
ただ、自分の壊れたブレーキの、代わりになってくれる存在を欲しているのは分かる。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください