僕って悲観的らしい。
理由を探し続ける
言い訳を探し続ける
心の中で僕は悪くない
そう思うしかないの。
この世の中、自分さえ騙さなきゃいけないなんて
狂ってる
もちろん、心の中だから安心してね。
危害は加えたりしてないから。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
後ろ後
お初にお目にかかります。
分かり合えない、分かってもらえない。
そのような経験をたくさんされてきたと思います。
自分で自分を守る人は、良くも悪くも「自分で作った“自分像”(以下:自己像)」に支配されやすくなります。
相手が何を言おうが「自分の思う自分」が傷つかない限り崩れることはありません。相手の作る「#いちさん像」よりも、あなたの作る自分像が優先だからです。
自分自身を相手に委ねていないところは、ひとつ、あなたの強さだと思います。
しかし一方、自己像が強くなりすぎるあまり、なりたい自分と今在る自分の境界が分からなくなったり、今在る自分を消してしまったりもします。
私もおそらく「悲観的」な部類ですので、悲観的な先駆者からひとつの正解を残していきたいと思います。
あくまでも「ひとつの正解」ですので、完全に鵜呑みにはしないでください。
全ては「自分を認めること」から始まります。何かの理由や原因を探そうとすることは何も悪いことではありませんし、理不尽な悪意と単純な衝突の区別をつけるために「自分が悪くないこと」を探すのも悪いことではありません。むしろ、過去にケジメをつけるためには後ろ向きであることが必要です。
そして、自分を認めるためには、自分のことを捉え続けなければなりません。
自分を吐き出して、吐き出して、吐き出して。
その中で変わらないもの、残っているものがあなたです。
自分が自分であることを放棄してしまっては、人はどこへも行けなくなってしまいます。自分以外の誰かの物語を詳細に紡ぐことなどできないからです。
自分を見つけて、認めてあげてください。「良い、悪い」ではなく、ただ自分という存在を認めてあげてください。
長くなってしまいました。
すみません。このあたりで失礼します。
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