「その汽車はね、とても美しかったんだよ。俺はそれに乗って旅をしていたんだ。」
「ついに病気が脳にまで来たか。それとも夢幻か。」
「はは、酷い言われようだな。本当の話さ。」
私は苹果を手に取りますと、慣れない手つきで剥きはじめました。
「いいよ剥かなくて。怪我してしまうだろう。」
「酷い言われようなのはどっちも変わらないな。続けてくれ。」
「色んな人に会ったよ。解放されると言った人も居れば、捕らわれると言った人も居たさ。」
「……へぇ。」
私は彼の言わんとすることが分かってしまった気がして、耳を塞ぐ代わりに苹果を剥くのに集中しました。
「車掌さんにね、切符を出せって言われて。その時俺は持っていなかったんだよ。」
「それじゃあどうしたのか。」
「そしたら、『貴方はもう一度この汽車に乗ることになる。今日はそれの予行です。』だとさ。」
「……なんだ、それ。」
「俺も分かんないさ。」
切れた苹果を手渡すと、ありがとうと言って齧りはじめました。
「若いうちから無理するからだぞ。酒飲みすぎたんじゃないのか。」
「はは、否めないさ。」
「またそう言ってだまくらかして。いい加減にしろよ。」
ついかっとしてサイドテーブルを叩くと、花瓶の水がびちゃっと溢れました。
「あまり怒らないでくれよ。全ては俺が決めたことなんだから。」
「……いじめられて、人が信じられなくなって、じゃあ児相でいじめ加害者の更生の仕事をしようとか、馬鹿じゃねえの。」
「そんな事言うなよ。確かにしんどいこともあったけど、やりがいのある仕事だったよ。」
「嘘つくなよ。仕事から帰ったら吐いてばっかりだったくせに。……自分自身の心が勘定に入ってないんだよ。」
彼は切なげに俯きました。そんな顔をさせてしまったことに動揺しておりますと、急に何事もなかったように笑顔になりました。
「まあ、今度は俺達二人で何処か出かけようや。」
彼が亡くなったのは、その二日後でした。
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