『山口はしばらく保護されることになった。もうあんま心配するな。』
設楽先生からの留守電を聞きながら、静かに息をつく。
あの日から2日がたった。
明來が飛び降りたショックもあったが、ちゃんとその後学校に行けてしまう自分が腹立たしい。
下に警察官の方々が居て、明來を受け止めてくれたというが、あまり鮮明に覚えていない。
俺は、明來から言われた「綺麗事」のショックを未だに受け止められていなかった。
アルビナとは、あれ以降一度も会っていない。
強制的に転送されるシステムだが、帰るのは自由のようで、すぐ逃げるようにして帰っている。
自分がどれだけ酷いことを言ったのか、今になって分かるようになってきて。
でも、本人の前でそれを認めると、明來を裏切るようになってしまいそうで。
まだ何も整理出来ない未熟な自分が、あまりにも幼稚で呆れてくる。
欠伸を噛み殺しながら、校長先生の無駄に長い話を聞き流す。
「校長先生ありがとうございました。次に教育実習生の先生を紹介します。」
あー、そういや毎年この時期だったな。
「はじめまして。教育実習生のアラン・ムハンマドです。アフガニスタン出身で日本語が拙いこと多いと思いますが、よろしくお願いします。」
…。
え、あのときの通訳さんじゃね?!
アランさん改めアラン先生は、中2の社会担当らしい。
そう、俺らの学年だ。
「あぁ〜、せめて今じゃない時にしてくれよ…」
脳がパンクするっつーの、とかぶつくさ言いながら歩いていると、向かいの人にぶつかってしまった。
「あ、すみません…」
「…もしかして、見覚えある?」
アラン先生だった。
「生徒会室、過ごしやすいからお気に入りなんです。昼休みは基本的に誰も居ないし。」
「…日当たりいいね。」
流石に廊下であの話は…と思って生徒会室につれてきたが、はっきり言う。
気まずい。
「瑠唯くん、だった?」
「あ、はい。」
こっちを覗き込んでくるアラン先生は、どこかアルビナを思わせる顔立ちだった。
「この間はごめん。あの頃より日本語うまくなったから、もう一回話すね。」
男性にしては長めの、襟足が肩につくほどの髪を耳にかけ、優しく語りだす。
「日本が嫌だったんじゃない。怖かった、のほうが正しいかな。父は戦士として残らなきゃいけなくて、母と二人で日本に来たんだ。」
アルビナも、似たことを言っていたような…そうだ、お父さんとお兄さんが戦場にいるんだった。
「知らないところに行くのは、人間皆怖いものだよ。土地を知らないのも、そこにいる人を知らないのも。」
「…」
知らない人に身体を売っていた明來は、怖かったんだろうか。
「日本語褒められたくないって言ったのは、普通に失礼だからなんだよ。言葉切るところ変だったから、勘違いさせちゃったよね。」
「…帰国してから、失礼だったって知りました。すみません。」
在日系とか、生まれは日本の外国人には、失礼に値するそうなのだ。
「…質問しても、いいですか。」
「いいよ、私で良ければ。」
にこやかな笑みを浮かべるアラン先生には、つい何でも話したくなってしまった。
「なんか、友達…みたいな子と、喧嘩しちゃって。その後、俺、すぐ逃げちゃうんです。向き合うの、怖くて。…どうすればいいですかね?」
うーん、と顎に手を当てて考え込むアラン先生。それだけでも画になるな。
「長く付き合って行きたいって思うんなら、謝ったほうがいいかもね。でも、謝るだけじゃなくて、お互いに意見を言ってみたりして、より深く分かり合えると良いよね。」
「やっぱそれしか無いっすよね…。」
「まあ、怖いよね。さっきの『知らないの法則』に当てはめると、その相手の知らない部分と会うってことだし。」
その言葉は、何度も本で読み、そのたびに呆れていた言葉と似て非なるものだった。
「ありがとうございます。早速今日、会ってきます!」
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