私は完璧主義思考が強いです。
それが功を奏して上手く行ったこともあったけど、逆に苦しめられることも多かったです。
なので自覚してからは理想値を下げて、最低ラインに到達できたらいいよね、っていう思考になるべくしてきました。
でもやっぱり完璧にやりたくて、少しでも理想から外れたら全てが嫌になってしまいます。
例えるとすると、色塗りをしているとき、少しでもはみ出たり、塗ろうと思ってた色と違ったら上手く塗れていたところも含めて全てをぐちゃぐちゃにしたくなります。
この性格のおかげで上手く行ったこともあるから完全に考えを変えるってことは必要ないと思っています。
でも本当は、ちょっとはみ出たくらい大丈夫、次にこの色を塗ったらいい感じになるかな、とか緩く生きていきたい。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
完璧じゃないと不安という気持ちも、あったりしないでしょうか・・・。
人生にとって重要なこと(信用やお金に関わるとか、大切な趣味だから心を込めてやりたいなど)ならば、完成度を高める価値があると思います。
そうでもなければ、ほどほどに力を抜くというように、取捨選択すると楽になるかもしれませんね。
自分の完璧と、他人の完璧は、違う基準かもしれないから、八割ぐらいやっておこう・・・完璧じゃないほうが親しみやすくて良いと言う人もいるから大丈夫・・・と考えれば、あまり苦しくならないかもと思います。
ななしさん
完璧じゃ無い部分を『味』と考えてみてはどうでしょう
例えば 完璧な陶器を作ろうとして
失敗してヒビが入ったのを
あえて 個性という味にして
それを完成形にさせた作品とかありますし
例にあげられた通り 絵を描いているのであれば
そのぐちゃぐちゃに塗りつぶしたのが
同じ 完璧主義者の絵描きの共感を呼んで
ぐちゃぐちゃなのが1つの作品となりますし
書道とかも どこどう見ても失敗な読めない字でも
それが味で個性となりますし
少しミスった方が味になって可愛げあるでしょ
くらいに思えば 少しは楽になるかも知れません
ななしさん
完璧主義ではない自分だと思ってますが、そんな自分でも努力を辞めたりとかしないですね。むしろやってると意欲的にやってるなと感じます。マイペースのマラソンに近い。
主さんは上手くできなければ苦しい。そうやってやらないと誰も認めてくれない。常に全力疾走。1位、2位争いの徒競走。これを考えますと、考え方が違うんだと思います。
自分は結果よりやってる事、続ける事重視。主さんは結果が重視。その違いがあんのかな。だから、楽しむ余裕が欲しいんじゃない。
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