因果応報って、あると思いますか?
私は、若い頃はあると思っていましたが、やはりこの目で見ていないので、なんともいえなくなりました。
中学校の部活の、いじめをしていた先輩が車で事故を起こして新聞に載ったり、若い頃のバ先の問題のあるおばちゃんが、とうとう上司の目の前で、お客さんに怒鳴られたりと、
「どうやら、その人が一番恥ずかしい形で報いを受けるらしいぞ」と思い、今も信じているのですが、確証は持てません。
中学時代、私のことを一番いじめてた女を、若い頃一度、ファミレスで見かけました。男の子と二人で、清楚そうに、両手でカップを持ってお紅茶かなにかを、飲んでいました。
その後、学校の先生になったようでした。らしいです。らしい、というのも、私は今故郷から遠い地で生きていて、訳あって実家と絶縁し、同窓会も一度行ったきりで懲りたからでした。
あの狡い、酷いいじめと暴言暴行の数々と、あの清楚な姿が結びつかず。
しかも子どもたちを教える立場におなりにあそばされたとは(すみません、言葉の端々に皮肉が交じってしまいます)。
そうです…。正直に言います…。
私は彼女に、因果応報を、不幸を望んでいるのです…。
普段は、大昔のことが忘れられるくらい傷が癒えたと思っています。
でも、アイデンティティや青春や健康や学生生活や進路や人生等色んなものをぶち壊していった彼女を、やっぱり許せないな、と思いました。
一番の復讐は、自分がその事を忘れるくらい幸せになること…。 復讐っていう考えが浮かばない位。
っていいますよね。
普段、大昔の事を忘れるくらい、新しくいろんなことがあり、忘れていられます。(たまにフラバするってことは、自分の中ではそれは未解決ってことなのでしょう。)
年齢を重ねてみて、そういう意味では、楽になったと思います。まぁ、新しく色んな悩みの種が尽きないのですけどネ。
で、因果応報ってあると思いますか?←懲りない私
読んでくださって、ありがとう。
僕もあまり因果応報はないなと思います。だから、自分の努力が報われて良い結果がもたらされた時のみ信じることにしました。
だからあなたにも、過去のこと忘れるくらい、充実した新生活がやってきたんだと思いますよ。「朗報で天が応えてくれた」ということです。
件のその子だけど、教える仕事は思った以上に面倒で精神削れますよ。僕は民間に職替えして逃げましたもの。企業で、常識ある大人のお客さん相手にしてる方がよっぽど楽です。土日祝は仕事のこと考えなくていいし。
あなたの目には見えないところで、その子は嫌というほど苦労するでしょうね。
だからあなたは、その子を忘却の彼方に、過去に置き去りにするだけでOK。苦しんでるのを助けない、というのも1つの復讐のかたちではあります。