私の母は毒親です
私はかなり裕福に育ちました
幼い頃から習い事を沢山し
絵画と習字、日舞は習いに行きましたが
華道、茶道、ピアノは先生が教えに来ていました。
10歳になるころから
兄の家庭内暴力が始まり
毎日毎日殴る蹴る、階段から突き落とされる。
その暴力は祖母にも行われ
ストーブの前に陣取る兄に
暖が取れなくて寒いと言っただけで殴る蹴る。
発狂したように泣き叫ぶ毎日を送りましたが
近所の人もおかしいとおもいながらも通報はせず
私が中学生になると、兄は街の不良達に、私を集団強姦してくれと依頼したのですが
街の不良のリーダーはそれに反対し、私の元へ、その話を知らせに来て『お前の兄貴が強姦してくれと言ってきたが断った。
あいつは異常だから、お前気をつけろよ』と知らせに来てくれたり
また、兄の同級生達も兄の異常ぶりに気がついていて、私への暴言暴力があまりにもひどいと
兄の同級生二人が
母にその行状を話をしに来ましたが、母は聞く耳もたず、あんた達には関係ないでしょう。
暴力ふるわれるこの子が悪いんじゃない?と逆に言われ
兄の同級生達も呆れ、兄とは今後付き合わないと宣言し
私には、『⚪⚪は本当に可哀想だな、逃げられるところがあれば
逃げろ。逃げなければ生きられないぞ』と告げ同級生達は兄とは付き合いをやめました。
私が高校一年の夏休み
自分の行状を自分の彼女にばれて、それを彼女に言ったのは私だとなり、半狂乱で殺してやる‼️と息巻き
部屋に入ってくるなり
いきなり殴る蹴る、階段から突き落とされる。
私は裸足で外に逃げ、異変に気が付いた近所の人が家にかくまってくれ
しばらくすると、母と連絡しあった近所の人は私を連れて隣の駅まで向かう途中、私を迎えにきた母の愛人に私を託し
私の靴を持ってきた母の愛人は
私にお金を渡して
『目黒の⚪⚪さんの家に泊めてもらうことになったから』
私の親友の家に行くように言いながら
『あんたさー、本当にいい加減にしなよ』と言いました。
あの言葉は忘れたことがない。
ふざけた男だ。
それから3日後、私は
近所に住んでいる兄の同級生が迎えにきてくれて
おばさんから言付かったと
お金とチケットを渡され
羽田から札幌の親戚の家に1ヶ月逃がされました。
私は、なにもしていない。
何も言っていない。
なぜ?こんな目に遭うのか?
どこに、誰に相談できるのか?分からなかった。
母は兄の全てを容認し、兄を擁護し、何をしても許されると思っていたようで
18くらいから25歳くらいまでの兄は、沢山の女性関係でも鬼畜のようなことをし、簡単に捨てるという事を繰り返し
それを母が知っても擁護する。
異常な親子
高校生の兄は、学校をサボり不登校。不登校している間、女の子と
一流ホテルに泊まり歩き、お金を払わずに出る。無銭を繰り返し
ホテルからも苦情怒りの電話が何度もあり
学校は、担任が怒って連絡してきても、母は逆に怒りかえす始末
当たり前のように、学校側は自主退学を薦め自主退学。
そして、母は1ヶ月のアメリカ一周ツアー旅行に行かせたり。
異常な親子
父は、仕事が多忙で出張が多く
私が8歳の時に母と別れ
そんな現状であることは知らず
知らないまま癌を克服出来ず亡くなったようでした。
母はことあるごとに私を否定し続け
大学進学するお金は貯めてあるから。この土地は⚪⚪にあげるからね。と言い続けてきたのに
いざ、それが現実になるとひっくかえす人で、大学進学も
今まで、あをたに一体いくらお金がかかったと思ってるの?と言い出し
推薦でいくつかの大学の話があったのに、母は全てケチをつけ
そんなところに行ってもつぶしがきかない!と言い
つぶしがきかない!とはどういう意味なのか全くわからない。
そんな逃げ口上を言う人の世話にはなりたくないので
結局大学進学はやめた。
それから、社会に出て
恋愛もし、親と一緒にいるよりも安心できた人と、結婚の話も出て
双方の親にも挨拶にいき
一年共に暮らして、幸せに暮らせた一年。式の日取りも、会社の後継者であるからと、先方の都合で
京都で御披露目の結婚式
東京は友人知人の結婚式と決まり
京都に入れば新婚生活は送れないからと、東京で共に暮らして幸せな毎日を送っていたのに
式の3ヶ月前、いきなり破談申しいれ。
数日前、幸せだと言う私に
これからもっとだよ。と言っていたのに
八時間話あい、
ゴーゴーと音を上げて泣く彼を見て、ダメなんだ。と私は諦めた。
4月に京都へ戻る前まで迷って迷って悩んでた彼
破談の理由は、私には正直に告げず。
実際は、母に愛人がいたことが
あちらのお母様の知るところになり、高卒、母は離婚してシングルと言っても財力、収入があるから
問題ではなかったが
家庭ある人と愛人関係にあり
長年不倫しているような家との縁組みは相応しくないと彼に何ヵ月もかかって説得。
お父様は、全てお前達に任せる。と言われ反対はしませんでしたが
結局彼は自分の母親の思いを守った。
同時25歳の私は全ての希望を失い
毎日毎日、死ぬことしかあたまにない。
あの時、包丁でお腹を刺して死んでおけば良かった。と
それだけが悔やまれる。
何十年経ってもそれだけは悔やまれる。
死んでおけば、毎日彼について
一緒にいられたのに。
それをさらに確固たるものにした言葉
それは母のこの言葉だった。
『私は、○○さんと結婚したかったのに、あんたがいたから出来なかった』
いやいや、それは違うだろう
父と別れて下さい❗と大学生の娘が来たし
結婚するつもりなら、とっくに
家庭壊して、自宅に帰宅などしない。
私の幸せをぶち壊しておいて
その言いぐさ
土地も渡さず、大学に行く資金も出し渋り
私の宝石、着物、茶器も、
持っていかないでよ!と怒り狂った2ヶ月後母は痴呆がすすみ
入院
その後、勝手に老人マンションへ移した兄は
毎月の使用料、家賃を滞納し
母所有のマンション、土地
全てを母のサインを似せて書き
公文書偽造のまま売却
何億も入ってきたお金で遊興
老人マンション滞納して
母がどうなったかは知らない。
数億円使い果たした兄がどうなったかも知らない。
お金も、土地も、愛も、希望も
夢も全てを母に壊された
私は許さない
毒親のくせに、常識人ぶる最低な人間のくせに
許さないよあんた達は
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
大変な人生を送ってこられたんですね。
読んで、ビックリしました。
こんな人がいるんだ、と。
お母さんとお兄さんを恨むのも当然だと思います。
許す必要ないです。
今日まで生きてこられたあなたは、強い人だと思います。
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