自殺を決めるのは、本当に自分だろうか?
誰かに動かされることもあるのではないだろうか?
ともすれば、死んでほしくないという言葉を掛けた方が……でもその言葉より、「死にたかったら……いいよ」なんて言葉で生きようと思える人がいたら?
かなしい つらい いたい しんでほしくない
そういうことを目一杯伝えるより、「死にたいときは、死んでもいいんだよ」という言葉が君を楽にして、明日も生きれるようになったなら……
賭けだ。
でも仮にそれで君たちが死んで、それはそれで楽になったのなら、ぼくは……
誰かを死へと導いた罪を背負って生きるんだ。
いつかぼくも死ぬ。それまでその重荷を手放さないでいること。それがぼくなりの誠意だ。
君への餞。重い重い餞。でも、君は死んで楽になった。君は受け取らない。……そうだよ。これはぼくの荷物だ。ぼくが勝手に背負っているものだ。
だから君はその身ひとつ軽やかに、天国を駆けて幸せに過ごしてくれ。「死なないで」という願い事を聞いてくれなかった君への、地上からの願い事だ。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
死なないで、も。死んでもいいよ、も。どれも残酷な言葉になってしまう
死ぬことを選んだのは自分ではないかもしれません
色んな要因が組み合わさって絡まり合って
小瓶主さんの心のなかできっと生きていると思います
小瓶を拾って100人目いただきました
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください