学生の頃、父がいない時を狙って私を標的にして、母親がキレて暴れて暴力を振るうのが嫌で何度も家出した。友達や先輩や彼氏の家を泊まり歩いた。
優しかった父にだけは居場所を知らせていた。
父はその人達にお礼を持って来たりした。
家出した私を、小さな頃私を可愛がってくれた従兄弟のお兄ちゃんが見つけて、叔父と叔母に頼んでくれて、叔母の家にしばらく居させてもらった事もあった。
母と大喧嘩して家を飛び出した私を、父が走って追いかけて来た事もあった。
それでも学校だけはなんとか通っていたので、最終学歴を卒業して、就職を機に家を出るまでずっとそんな感じだった。
父は本当は家業の手伝いをして欲しかったようだったので悪い事をしたなと思ったが、もう限界だった。
旅立つ日、父がいたのにも関わらずその日も母は荒れ狂っていたので、父は母を抑えるのに手一杯で、新幹線のホームまで見送りに来てくれたのは家族ではなく、その頃うちで働いていた私の先輩だった。
父がその人に車で駅まで送って見送りしてやってくれと頼んでいた。
その人が父から手渡されたお金の入った封筒を私に渡してくれ、新幹線の中で飲む飲み物を買ってくれ、頑張れよ。とホームで見送ってくれた。
なんとなく母が荒れる予想はしていたものの、やっぱり。と思うと、やっと家を出られたという気持ちと共に寂しさもあった。
晩年、病気でほぼ寝たきりになった父に母が暴力を振るう事もあった。殴り、蹴り、ベッドから突き落としたりした。
歳を取ってからも怒りの発作は収まる事はなく、それで何度か入院もした。認知症と徘徊など危険行為で施設に入所してからも、他の入所者の方への暴言、暴力は止まらなかった。
暴言、暴力が止まったのは、認知症がかなり進み、身体も弱って車椅子になり、終末期の施設に入ってからだ。
今の施設の人達は、荒れ狂う母を知らないから、上品なおばあちゃんと言っていた。
なぜあれほど荒れ狂っていたのだろう。
何にあれほど怒っていたのだろう。
自分が女であること、実家を出なければならない立場だった事は母にとってそれ程受け入れ難い事だったのだろう。
母は実家を出なければならなかったその時からずっと重い精神病だったのだろうと母の主治医は話していた。
真面目で負けず嫌いで頑張り屋だったが、不幸で可哀想な人。
現実をどうしても受け入れる事が出来なかった人。
ありのままの自分自身を愛する事が出来なかった人。
絶対に叶わない夢を諦めきれなかった人。
人間生きていると、いくら頑張っても絶対に自分の思い通りに行かない事は出てくる。
思い通りに行かない事の方が多いかもしれない。
それは自分自身に対してだってそうだ。
理想の自分と現実の自分とのギャップに心が折れそうになる事だってある。
それとなんとか折り合いを付けて、そういう現実の自分自身を受け入れて、出来る事をやって行くしかない。その結果を受け入れるしかない。
仕方ないとあきらめるしかない事だってある。
それでも、今あるものに気づいて、小さな幸せを感じて感謝しながら。
母の不幸は、それが出来なかった事だと思う。
思ったような自分でなくても、思ったような結果が出せなくても、人生、そういう事の方が多い。
そんな時にもありのままの自分を嫌わずに受け入れて、自分だけは自分の味方でいてあげたいと思う。
自分を愛せて、初めて他人を愛せるのだ。
自分の弱さを受け入れて、初めて他人の弱さを受け入れられるのだ。
♪Song For My Father♪
The Horace Silver Quintet
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
とりす
アユムさん、お返事ありがとうございます。
そうですよね。
幸せ、不幸せって結局は外から見てどうかではなく、心で感じる主観的なものですよね。
同じような状況でも、気持ち次第でかなり違うものだと思います。
私も今は、日常の中の小さな幸せを感じながら生きているので、そう悪くはないなと思って生きています。
アユム
どういたしまして!!
なんか、悟りを開いた感があるな。
あなたも病気持ちでしたか。
私もなんですよ。
いや~ずっと寝ていたいんだけど
無理やり仕事してる感じだな~
って書いたら
不幸せそうに見えるでしょうけど
そうでもないのだよ~
結局、幸せか不幸せかって
主観次第で変わるのだよね~
究極が
「生きているだけで丸儲け」ってワケか。
とりす
アユムさん、お返事ありがとうございます。
たしかにそういう過去があるからこそ、今の私は病気で寝てばかりで仕事も禁止で、家事も思うようには出来ませんが、そういう自分をあまり嫌う事もなく、家族と過ごす平凡で平穏な日常に幸せを見出せるのかもしれません。
それは、母がある意味反面教師となったり、そんな日々の中でも私を助けてくれたり、可愛がってくれたいろんな人達の優しさや愛情があったからこそだとも思います。
アユムさんのおっしゃる通り、母は重い精神病で、抜け出せない負のスパイラルの中にいて、母自身が一番苦しかったのだろうと思います。
そして、認知症が進んで、身体も不自由になって、小さな子供のようになって、はじめて穏やかな心になれたのかもしれません。
ありがとうございます。
そうしたいと思います。
アユムさんの人生にも多くのしあわせがありますように。
とりす
ねこさん、お返事ありがとうございます。
そんな風に言っていただけて、ありがとうございます。
自分では聡明だなんて全く思った事がないので、驚いてしまってちょっと恥ずかしい気持ちもあります。
ジャズや古いR&B、ラテンジャズ、ジャズファンクやブルースなどが大好きです。そういうジャンルのバンドを長くやっていた事もありました。
両親や子供の頃の環境の影響もあると思います。
私にはいつも心に寄り添って慰めてくれる音楽があった事も助けになったなと思います。
アユム
あなたにそんな過去があったなんてね……
でも、その過去があるからこそ
今のあなたがあるのでしょうね。
あなたも辛かったでしょうけど
あなたのお母様も辛かったでしょうね。
苦しんで苦しんで
感情を抑えられなくなって
その感情を抑えられなくなって
暴力をふるってしまう自分が嫌になって
また苦しんで……
負のスパイラル。
どんどん理想の自分と離れていく。
努力をすればするほど深みにはまる。
頑張っているのに周囲はわかってくれない。
周囲が信じられなくなり敵に見えてくる。
プライドなんか捨ててしまって
リセットできたら良かったんですけどね。
今は体が不自由かもしれないけど
幸せかもしれない。
苦しみから解放されたのだから……
あなたはお母様の分まで
幸せに暮らしてくださいね!!
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