どれだけ恵まれた環境に生まれても、金賞を沢山もらっても、偏差値の高い高校に入っても。
例えば自分に自信が持てるような、何事も前向きに考えられるような、周りに気を遣いすぎないような、そんな人間に発達できなければ、結局大人になっても生きづらいんだなと、思ってしまった。
初めて死にたいと思ったのは、小学生からだったと思う。流石に言葉にはしていなかったけれど、生徒に説教をする時怒鳴って教卓を蹴り飛ばす担任が恐くて、学校に行きたくなくて。ふと、家のベランダに出て欄干から下を見下ろしたのを覚えている。
そこから中学までは、その頃丁度両親が不仲が酷かったこともあって、なんでお互い嫌いなら私を産んだんだろうとか、元も子もないことを考えながら過ごした。
それでも生きられたのは、まだ未来に希望を持ってたからだと思う。
だけど高校生になったら、今度は大学受験で病んでしまった。偏差値の高い高校に入ったから周りは頭の良い子ばかりで、私はすぐ落ちぶれた。
自分なりに頑張っても成績が伸びない。成績が伸びないのは頑張りが足りてないからだ。じゃあ頑張るってどういうことなんだろう。私は頑張れていないんだろうか。
そんなことを考えて、また死にたくなった。
初めて、カミソリを腕に押し付けた。
切れ味が最悪だったから、切れずに痛みと跡が残っただけで、その跡もすぐ消えてしまった。
多分、頑張った証が目に見える形でほしかったんだと思う。
それでも何とか生きてしまった。大学も何とか滑り止めで入ることが出来て、学びたいことも学べた。
だけど今度は、就活が待っている。
自己分析。企業研究。大学3年生の就職準備期間も終わろうとしている。
準備は早めに始めたはずなのに、まだ就職先が決まってない。だって、私はそもそも生きるのに向いていないから。もし仕事でミスをしたら、周りと違って立ち直れなくなるから。1人で自立して働いて生き甲斐を感じられるほど、立派に育ってないから。
企業が求める人材は、大抵「自分で判断して行動できる」とか、「何事も前向きに考えられる」とか、そういうのばかり。
まるで「これらに当てはまらない人はウチには向いてないから他を当たってくれ」って言い草だけど、当てはまらない人が向いてる企業なんてないんでしょ。
自分で判断できないと、主体的に動けないと、ポジティブに考えられないと仕事がロクにできないことなんてわかってる。
それが出来ない人に、救いの手が無いことも。
人生には、本当にどうしようもないことがある。
例えば、生きることに向いてない人はずっと生きにくい。本当はこの世の全ての人間が救われるべきだとされているけど、こればっかりはどうしようもない。
だから人生において大切なのは、受験に成功することでも大手に就職することでもなく、生きづらさを感じないような思考を持つことだったんだなと、気づいてからはもう遅い。
小学生の私が、中学生の私が、高校生の私が、縋るようにして今の私を見ている。未来に希望があると信じて、私を見ている。
どうか見ないでほしい。未来でも希死念慮の絶えない私を見ないでほしい。私はあなた達に謝ることしかできない。
きっとこの先の未来も、私は度々死にたいと思ってしまうし、生きづらさは変わらない。体は老いていくし、結婚もきっとしない。いつか両親も亡くなって、頼れる人もいなくなる。どんどん生き甲斐を失っていく。それがわかっていて、私は何を希望にして生きれば良いんだろう。
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ななしさん
企業が求める人物像は理想なので、あまり本気にしない方がいいですよ。
女の子が求める彼氏像が、優しくておおらかで包容力のある人というのと同じようなものです。
それに、どんな人にも波はあるのだから、常に100%自分で考えられて常に100%前向きな人なんていませんよね。
これまで習っていない新しい事をやっていくのだから、誰でも悩むし、自信をなくすこともあります。
他の人が皆自己肯定感の塊かというと、そんな訳ないですから大丈夫。
新人さんが困っていれば、教えてくれる人も相談に乗ってくれる人もいます。世の中、捨てたもんじゃないですよ。
小瓶主さんは進学校から大学に進学して、大学もちゃんと単位を取ってるんですから、めちゃめちゃすごいと思います。
これまで頑張ってきた結果が今を作っているんですから、自分で自分をほめてあげてほしいです。
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