私は、そろそろ26回目の誕生日を迎える。
しかし、未だに定職に就いておらず、親の脛を齧っているばかりだ。
自立しなければ!就職しなければ!と焦る一方、社会人未経験に待っている厳しい関門にただただ気が滅入る。
ああ、このような親不孝な自分が本当に嫌いである。
親からは愛情を受けて育てられてきたし、その御恩に報いるためにも、早く自立して親を安心させたい。
しかし、怠惰で後ろ向きな性格により、全く前に動こうとしない自分がいる。
なんて自分には価値がないのだろう。
こんな私だが、一丁前に厭世観も持っている。
自分と同価値、すなわち無価値な人間の方が多い社会になぜ貢献しなければならないのか。
纏まりを欠いて政治的関心を持たず、日々の生活のみに終始している人々で構成される社会で、なぜ生きていかなければならないのか。
社会を厭う気持ちは日々増大していく。
結局、自己嫌悪と厭世観という負の思考に苛まれる私は、停止状態を維持したままだ。
何れの思考も、自分一人の力では既に解消できない程度には、頭に付着してしまっている。
ああ、どうしたらいいのだろう。
皆さんの御答えを聞いてみたい。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
「無価値な人間の方が多い社会」?
どんな人のどんな経験も、誰かしらに寄り添えるのだから、無価値な人間がわかりません。
逆に何が価値?
ななしさん
「社会人未経験」ということは、お仕事されていないのですか? とりあえず気晴らしに、いろんなバイトをしてはどうでしょう。嫌だったら、辞めればいいし。
社会見学のつもりで、世の中を観察するぐらいでよいのでは…?
世の中って、想像以上のことがあります。
たった独りで思考を巡らせていても、その「他人」、「社会」というものは、あなたの想像の域を出ず、つまり現在の自己嫌悪や厭世観に何の変化も望めないのではないかと思うのです。
もし対人関係に不安などあれば、カウンセリングを利用されるとよいと思います。
名前のない小瓶
50歳間近のおっさんです。
希死念慮と悪夢にうなされながら
育児と介護 その義務を果たすため
惰性で生きている安楽死希望者です。
自分ひとりのチカラでは解決できない問題、
どこか遠くで出来た波?に
のまれて流されて 行先も分からず
朝が来る度 まだ生きているよ とため息??。
でも自殺する勇気もなくて。
だから私は今日も 多分明日も
生きているんだろうなぁ。
事件 事故 戦争で何人死んだって
ニュースを見て。
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