明日世界が終わるとしたら、明日死ぬとしたら、今やっていることに対して私は後悔なく死んでいけるのでしょうか。
何も思い残すことなく死んでいくことができるのでしょうか。
答えは否です。
後悔しかないと言えます。特にこの一年を思い返すだけでも私の心の中には後悔しかありません。
明日死ぬとしたら、世界が終わるとしたら私の中にあるこの嫌な思いも失くなると思ってしまうけど、でもそれは私が戦って倒したわけではなく、
世界が、私の命が終わったからこそ終わりを告げただけであって、私は何もしていないのです。
ただ嫌なことから逃げることだけを考えてきました。
結局この考えもいかに上手く逃げるか、その口実にしか思えなくなってきます。
人はたまには逃げることも大切だと言います、でもそれは一生懸命に戦い、抗い、悔しさに涙し、そして傷ついた心を持った人にかける言葉だと思っています。
私は何もしてない、戦うことから逃げているだけの人間なのです。
自分を責めること、それが自分を戦いに向かわせるきっかけであり、そうすることでしか立ち上がれない、心に火を灯せなくなっているのが今の私だと感じています。
「明日世界が終わると思って生きていこう」と言うけれど、小中学生の頃やその前の幼少期の私はそんなことは考えませんでした。
ただ過ぎゆく時間と今という時間を自分なりに楽しんでいたはずです。
後悔することがあってもあの時の自分なりに向き合い、解決してこれたと思っています。
今はウジウジ考えるだけです。
知識は私を助けてくれるけど、時に私を深い悩みの世界に連れていきます。
何も知らなかった、知ろうとしていたあの頃の方が今より何倍も自分らしく、後悔なく生きていたなと今の自分は考えます。
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ななしさん
今できることを精一杯やったらいいじゃん。
ファイト!
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