小さい頃から死にたかった。
別につらいことがあったとかそういったのではなくて、漠然と消えたいとか死にたいと思っていた。
道徳の教科書の生きたいのに亡くなった癌の子が命を電池と例えた話の中の
「要らないなら私にちょうだいよ」
というような言葉を見て、あげたかったと思っていた。
ぼっちで親の喧嘩が酷くなった今、当時ではぼんやりと消えたいとかいう思いがはっきりとした死にたいになっていることに最近やっと気づいた。
今も小さい頃も死ぬことが自分にとっての救済だった。
昔は今日は楽しいけど明日楽しい保証はない。
→でも辛くなったら死ねるからいいやのように。
でも今は今苦しいからもっと苦しくなる前に死にたいと思ってしまう。
楽になるために死にたいと今も昔も思っていた。
こんなのわがままだって分かってる。
欲しい人にあげられることならあげたいそうして今日も惰性で生きてた。
生きててごめんなさい。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
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