臆病で、不器用で、
本当にどうしようもない人間だ。
不器用で、臆病で、愚かしくて
自分からまでも自分を偽ろうとする。
不思議な人間だな、と思う。
今私が推している、
まさにそういう男がいるが
わたしはただ単に親近感を
覚えていただけのかもしれない。
だから、
愚かで、不器用で、臆病な人を
愛する人が好きなのかもしれない。
だってわたしを
好いてくれるかもしれないから。
こんな自分で自分の首を
絞めるようなことをしていて、
自分で自分を救うことすら出来ない私を
認めてくれるような気になる。
のかな。
今までそういう人が好きなのは、
気になってしまうのは単純に
好みが合うからだと思ってた。
嬉々として救えない男について
語っているのがその救えない奴本人
だなんて、本当おかしな話だ。
救えなさを愛せる人は
愛する力の強い人だと思う。
愛する力の強い人たちに
結局は振り回されてしまうんだなあ、
推しも私も。
とか、推し(もはや仮になった)
にからめた私の考察をしてみた訳ですが。
こうやって考察によって私自身を
推し測ろうとする行為は
本当は良くないんだろうな。
私をその考察内に押し込めて、
さらに私を苦しめていくのかもしれない。
側から見たらあれこれ理屈っぽく
私ってこうなのかなとかやってるのは
もどかしくて、まわりくどくて、
屁理屈っぽいのかな。
でもこうでもしないと
もしや私は私自身の感情を
知覚できないのかもしれない。
こうやって、私の文章に
「かもしれない」が
大量についているのだって、
私の脳内は仮説まみれで、
その上に成り立ってるという証拠だ。
感覚で得たイメージなんかでなく、
そうした仮説(自分で考えたものも、他人から真偽もわからず授けられたものも)で危うく固めた自分像で
自分というキャラクターを固めて、
それが合ってるかどうか
確かめられもしないまま、
私のキャラクターを思い込んで、
その通りに演じようとして、
合ってなかった時苦しんで、
なんで苦しんでるのかわからない、
なんて。
私の愚かしさが全く理解できないな。
訳わかんない‼︎の方じゃなくて、
見当たらない、見当もつかない
というような方。
わたしは私自身を正しく捉えられて
いないのかな。
友達ができにくいのも
それなのかもしれない。
キャラクターを完コピできてるかは
もうわかんないことだけど、
できたところで私が友達として
付き合うなかで付き合いたい人は
私が私だと思ってるキャラクターの
付き合う人ではないんだろうな、という。
結果すこし歯車が合わないことになるから
お互いに自然消滅してしまうのかもな。
あるいは、キャラクターを思いながら
人と接することで弱みというかクセが
見えづらいのかもしれない。
ちょっと仲良い子ができてきたけど
そういう人たちの前ではわたしは
全然前と違う人になってしまう気がする。
でもそれが楽しい。
きっとこれが
わたしの本性なんだなと思う。
彼女らがわたしの中身を
こじ開けてくれたんだろうか。
私が今こうやって考えている
ときも私自身を解放できないのに、
不思議だね。
でも、だからその本性を
少しでも出し続けていればいい
という話なんだけど、
やり方がよくわかんないや。
人間関係構築の経験値が
圧倒的に浅いのかな、
推しの考察風にいえば(もう黙れ)
小学生の頃はそういえば
一人で本読んだり
絵描いてばっかだったな。
人と遊ぼうとしても、
なんか嫌われ者だったので
入れてもらえんかったなあ笑笑
まあ、嫌われた理由も今では
多分わかるけどね。
別に周りが特別悪いとかはない。
というか私がかなり悪かった笑
だからまあ、値が足りないという話
なのかな。だから臆病なのかな。
元からなのか、成り果てたのか、
わからないけども。
寂しがりのくせして、
私がいたら迷惑かけるし
嫌われるのも嫌だしって、
少しでも拒絶の予感がしたら
すぐひょいってしてしまう。
あ、迷惑だった?あらそう。
じゃあ、邪魔して悪かったわね。
みたいな。
でもだから拒絶しない人又は
しなさそうな人には
グイグイ行ってしまう。
それで後悔するのも
良くあることなんだけども。
今日友達(たまに逃げてしまうのにそんなこと言っていいかわかんないけど)と話していて、
「中学の時人間関係で
うああああってことがあったから、一回
もう人嫌だなってなったんだよね」
と言って、
「わかるー1人いいよね!」
と言われたので
「でも、わたし本当に一人だったら
寂しくて死んじゃうかも〜」
って言ったら
「うさぎじゃん笑笑」
て言われた。
なんか何日か前に小瓶を書いてる時、
こんなに欲しがりで寂しがりで
わたしうさぎみたいだな。
みたいな猛烈にいたい空想をしてたけど
まさにおんなじことを言われたから
驚いてしまった。
そうだな。
ほんと精神性がうさちゃんだ。
うさちゃんでバブちゃん。
16歳の女がそれはきついぞ。
でも本当にそうだ。
わたしの弱さは、根本は
そのくらいの柔さなんだと思う。
寂しがりで、
からかわれるのが嬉しいくらい
かまってもらいたがり。
さすがにかまってもらえた嬉しさを
ひけらかすのはこの歳の女だと
きゅるんフェイスでもない限り
きついのでからかわれたりしても
一応ぷんすこしといてるけど、
これがわたしの根本だとしたら。
大雑把に形容したら、
たったこれだけで終わるわたし。
今までの複雑かつ難解なわたし、
しかもお門違いなわたしは
どこ行ったんだろう。
あー、認めたくないな。
こんな単純な私なんて。
本当に嫌だ。私はもっと、
もっともっともっと、
よくわからない生命体だって
思いたい。
ああ、結局自分がわからなくて
苦しいと言いながら
そんな自分に酔いしれている自分が
存在するのも今回確定してしまって。
でも認め難いからこそ
これが私なのかもしれない。
それともこれすら仮説で、
私の一面に過ぎないのかもしれない。
まずいな、あはは。
気分がスッキリしてきちゃった。
もしかしたら、
星の数ほどある私の救えなさのひとつを
自分でついに救えたのたかも。
確かに、自分1人、しかも
その一面でしかないかもしれないことを
再確認するのにこれだけ考える必要があるなんて、
なんて回りくどい。
しかもこれはここに書きつけていたから
再確認できた事象であって
普段のこの思考は流れていくものだから
絶対ここまで考え当たらない。
いやあ、時計確認したらここまでで
約二時間考えてたな。面白い面白い。
自分の考察大好きかよ、
あはは、うふふ。って気分、まじで。
最初は鬱感情込めて打ってたのに、
面白いなあ。
なんかまだ未解決の関連鬱感情
あった気がするけど
こんだけ考えてて忘れてしまったし
とりあえず少しだけ
私のクソみたいな脳内がスッキリしたし
よしとしよう。
でも、上のような議題、疑問、鬱感情が
私の中に山ほどあるのに、わたしは
こんだけ考えていかなきゃいけないのか
と思うと、愚かで、不器用で
救えないなあとまた思う。
しかもこれも、私自身の悪癖は
なんら解決してないまま
生み出されたただの仮説だ。
おかしいなあ。
私は私の直感を、感情を、感覚を
確かに感じている。
でも自覚はないけど多分、
こうやってわたしを論理で固めて
そのうち一つの枠に収めてしまって、
それで、ここまできてしまったんだな。
こんな、また論理で同じくらい時間をかけないと
その枠を、コリを、ほぐせないところまで。
難儀だな〜それとも
何かいい方法があるんだろうか。
まあ、とりあえずこれは
最有力仮説かもしれないので
わたしの中の一面のトリセツ(仮)
くらいにはしてもいいかもね。
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