学校行ける勇気と学校休める勇気、どっちの方が大事ですか?
私は強迫観念で無理やり、辛くても苦しくても痛くても我慢に我慢を重ねて学校に行ってます
けれども何回かズル休みをした友人は私に「学校行ける勇気あるのが凄い」と言ってきます
友人なりに私を褒めてくれているのは分かっています
けれども辛いです
「学校行けてるんだからまだ辛くないだろ」って遠回しに言われているような気分です
どうして?
学校に行けてたら大丈夫なの?
休んでる奴が一番辛いの?
私だって苦しいのに、我慢して我慢して学校行ってるのに
「俺10回は休んじゃったよ笑」ってなに?
自慢ですか?
私は学校休もうと思うだけで苦しくて、行かなきゃ社会不適合者だって自分に責められ続けて、精神すり減らして学校に行ってるのに
そんな気軽に休めるくせに
自分の方が辛いアピールしないで
私に病みを見せないで
自分が惨めになる
あっちはきっと悪気なんてないのに
こうやって非難してしまう自分が嫌だ
苦しい
助けて
私は自分の本心をみる勇気が一番大切だと思います。
だから、あなたが学校に行きたくないならその本心と向き合って、学校を休んで良いと思います。
本当は学校に行って、友達と楽しく過ごしたい、勉強したいというのが本心なら、いきなり学校に行けとは思いませんが、行ける様に少しずつ慣れていけばいいと思います。
私は学校は、先に座ってるだけで偉いと思います。
友達は優しさで色々言ってきますが、それが煩わしいと思う気持ちも分かります。ただ同学年の友達はそこまであなたの気持ちを想像できないかもしれませんね。
いずれにしても、学校は行ったり休んだりするものだと思いますよ。
一番大切なのは自分。
あまり無理せず、自分を追い込まなくて良いと思います。
病みを見せないでとありましたが、あなたが一番病んでいるのだから、休んだって、いいじゃないですか。