「生きてる意味」はみんな後付けです。
まず、生きているというのは単なる生命現象です。物が落下する、と同じ。死にたくても怖くて死ねない、なんとなく死ねない。ただ本能に生かされてるだけです。科学的には。
ただ、人間には意味を思考する能力があるのでまっさらなニュートラルな自然現象にも何かの意味づけを施すことがあります。雷を神の怒りだとしたり。だから生きてる意味とか存在意義とかも後付けです。実存が先立つとかいうやつです。このことから言えるのは、勝手に自分で意味をつけて解釈するのも良いのでは?ということです。それか、何かしら生きてくうちに振り返って意味を感じられるようになるのを待つとか。まあそんなちっぽけな脳の中で行われてるしょーもない思考に辟易させられるのが下らないのかもしれませんがそこは個人の趣向ということです。ちなみに僕は生きてる意味を感じている状態の喜びとか嬉しさは否定しないが、それを感じるか感じないかに焦点を当てまくって自分で辛くなっちゃうのは変だなと思う派です。