僕は、今まで18年間、鬼ごっこをしていました。
嫌なことから逃げ続けて、追いかけてくる鬼はどんどん増えていきました。
きっと自分も鬼になっていたけれど、そんなことには気づかずに逃げ続けていました。
僕が鬼になって、色々な人を鬼にしてしまったかもしれません。
でも不思議なものです。
鬼としての特権なんて、何もないのですね。
自分が鬼でなかったらと思ってしまうんですね。
あなたは人を救おうとする優しい人だと思います。
他人だけじゃない、自分のことも救おうとしている賢明な人だと思います。
僕も、そうなりたい、そうでありたいと願っています。
僕は間違ったことをたくさんしました。
でもそのたびに、必死に誰かに許してもらおうとしていました。
それが誰なのか分からなかったから、ブログを書いたり、日記を書いたり。
文字で自分の感情を表現しようと必死でした。
それで、見返してみて思ったのです。
「僕は、未来の僕に許してほしかったのかな」と。
考えてみました。
僕は、「あの頃はバカだったよな」と軽く言うことが出来るのか。
出来ませんでした。
自分がそういわれるのが怖いから。
あの時必死で考えた記憶が今もまだ残っているから。
おかしいですよね。
間違ったことをした、人を傷つけてきた。
そういう事実があるのに、それを切って捨てることができないのです。
相手に対して、謝罪もまともにできていないのです。
なのに、僕は「あの頃はバカだった」と言うことが出来ないのです。
もしかすると
僕が鬼として人を傷つける日々が終われば
僕が他の鬼を恐れるのをやめることができれば
「あの頃はバカだった」と、過去の自分を笑って切り捨てられるのでしょうか。
それは良いことなのか、
それともさみしいことなのか。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
私も逃げてばかりでしたよ、18年間。
逃げるのが得意。と思ってた。
逃げきれたつもりで、囲まれていました。
なかなか、笑って過去を切り捨てるのは難しいですね。
間違ったこと。傷つけてきたこと。
切り捨てるのではなく、過去と一緒に生きるのはダメですか?
なんだか、まったく違うことを答えていたらごめんなさい。
きっと、その鬼ごっこを抜けた時、「あの頃はバカだった」と笑えるんでしょうね。
いちぬけた。と言える日があなたにくるといいなぁ。
ななしさん
それは無理な注文なのではないでしょうか。結局は一生涯自分も他人も傷つけながら生きるしか無いのではありませんか。それでもぼくらは生きていかなければならないんじゃありませんか?
ななしさん
>誰に許してほしいのかが分かった
すごい発見ですよね、すごいです
よく、
「星をみると自分がどんなに小さな存在で、どんなに小さなことに悩んでいるのかわかる」
って言う人がいますよね。
…私は今までたくさん失敗をしたり人をたくさん傷つけたりしてきました。
今はそれなりに気持ちの対処法がわかってきたし、
気持ちの落ち着かせかたもわかってきました。
でも、今も昔も自分の悩みが小さいなんて、思えません。
確かに世界は広いけど、それでも悩みは大きい。
いつも苦しみながらひたすら考えて、自分なりの答えを出して一生懸命生活している自分を、
今も昔も「あの頃はバカだった」なんて思えないし、その頃の記憶や体験を笑い話にもできない。
あなたも、そうなのではないでしょうか?
(こんな私と一緒にしてしまってごめんなさい)
でも、それでいいんじゃないかと私は思ってます。
長々とごめんなさい
秋 高2
ななしさん
「あの頃はバカだった」
と笑えないのは貴方なりに必死で、その日々は決してバカに出来るようなモノではないからではないでしょうか?
だったら笑ってやる必要なんて無いと思います。振り返ってみれば過ちも多い幼い自分が居る。でも幼いなりに必死に考えて必死に生きてきた自分じゃないですか。誇ってやりましょうよ。
過ちを犯さない人等など居ないし、誰も傷付けずになんて居られない。鬼を飼っているのは誰しも同じで、いかに飼い慣らしているかで表面化する差が出るだけ。
未来の自分に許されたかったと書いているように、きっとそんな過去の自分を受け入れて許してあげられた時初めて過去の自分と一緒に笑えるんじゃないかな。
ななしさん
自分のバカが許されたくはないのかもしれませんね。真面目なんですね…。
NUGER
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