やりたいことがある。
それには資格がいる。
その資格には、実務経験が必要。
道は明確。だから、私は働きたい。
でも、どの求人も、子どもの送りにも迎えにも間に合わない。
預け先の確保…健常児ならできたかもしれない。
「あなたの子どもは、障害手帳を持つには、知能が有りすぎる」と医師は言う。
中途半端な障害児を抱えた以上、支援の手は限りなく少ない。
ほんの少しの外出、ゴミ出しの間にすら、子どもの行動には、命の危険が付きまとうというのに。
私の人生は詰んだ。
これから先、ずっと…
障害児を抱えてできることを探すので手一杯。
全ての中心は子ども。
もう、自分のための夢や目標を持つことは叶わないだろう。
社会との繋がりすら、自由にできず、拘束される。
偏見は日常だ。
この人生に、私個人の楽しみの種を見い出せない。
依然、障害児の母親には世間一般以上に「母親なんだから…」が、まかり通る。
障害児の母親にも、聖母像を求めないで欲しい。
そもそも、子どもの成長を生き甲斐にできる程、私は聖人ではない。
私は、ただ運が悪く障害児の母親になっただけの人間なのだ。
皆には、私が子育てを楽しんでいるように見えるらしい。
「障害児を抱えているのに、どうしてそんなに明るいのか」と。
私が笑顔でいるのは、自分の人生に匙を投げたからだ。
「もう、どうでもいい。何なら明日、唐突にゲームオーバーでも悔いがない」と思った結果が笑顔だっただけ。
まだ私が生きているのは、いつか自由になれるかもしれないという幻想が、心のどこかにこびり付いているからなんだろう…。
誰にも言えなくて、小瓶を流した。
読んでくれた人、ありがとう。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
こんにちは。通りすがりのアラフォー独身女性です。
自分のやりたい事と現実との葛藤を抱えつつも、
とても頑張っておられる方だなと思いました。
私の人生は逆に仕事しかありません。
複雑な家庭で育ち、経済的にも苦しかったため、
人生ではまず第一に仕事を選んできました。
今は総合職として勤務していますが、私の年代の女性が男社会の中でそれなりの仕事をするには、
プライベートを犠牲にするしか有りませんでした。
この年齢になり、自分自身の家庭を持ち、帰る場所、つまり居場所を持っている方を見るとうらやましいなと思います。
仕事か家庭どちらしかない時も、両方持った時も、それぞれ悩みがあるのだろうと思います。
思い通りにいかないのが人生ですね。
資格の取得の為に、リモートワークで実務経験を積むことはできないのでしょうか?
あなたが資格取得できる方法が見つかるよう、
陰ながら応援してます。
名前のない小瓶
お疲れさまです。きっと、誰にも理解されず、頑張ってきたこと、辛いこと、悲しいこと、たくさんあると思います。
そして、とても綺麗な文章を書くのですね。聡明なお人柄が伝わってきました。
小瓶主さんが、今回ここに流した思いを抱えながら、今もこの瞬間を生きているあなたは、とても立派だと思います。
周囲にぶつけるのではなく、小瓶にそっと流すという慎ましやかな方法を選ぶ、優しい心がないと出来ないことです。
周囲の人はみんな悪気なく、いつも笑顔でいいね。と言っているのでしょう。ただそれはきっと褒めているつもりなのです。
文章を読んで、誰もがそれぞれの地獄を背負っている、というウェルギリウスの言葉が思い起こされました。
母親に聖母像を求めるのは、多くの人間が心の中に少なからず持っている、障害は良くないもの、という考え方を表に出してはいけない、認めてはいけないとと思うからこそ、関係ない立場だからこそ母親、という言葉に押しつけるのでしょう。
息苦しいですよね。
今、スマホでカウンセリングも出来るようになっています。
どうか小瓶主さんが、自由にのびのびとした人生を過ごせること、流れてきた小瓶を受け取ったひとりとして、小瓶主さんの今後の幸せを願っております。
どうか、お身体は大切になさって下さいね。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください