オトナになってからの友達関係ってめんどくさい。
それぞれに経てきた人生があって、表に出ていない、
あるいは自制心によって出さないようにしているその人の良い面も悪い面もあって。
表面的におためごかしで気持ちよくお付き合いすることはいくらでもできる。
けど、ひとたび意見の相違が起きたらおしまい。
「あなたのために言ってあげてる」という人を私は信用しない。
それほどに互いを知っているわけではないのに、わかったふりする人が嫌い。
しょせん相手が経てきた人生の奥行きは私にはわからない。
わからないから相手が口にする以上のことを追求したりはしない。
わからなくても滲み出る、その人の誠実さは伝わるもの。
その部分を信用してお付き合いする、ただそれだけのこと。
話してくれれば、うん、うん、と聞き、悩みがあれば「あなたはそれでいいのよ」と励ます。
そんなふうに人との距離を保っている私は人から「冷たい」と見られてしまうことがあるらしい。
「友達なんだから」と無理を言ってくる人は、簡単に友達関係にヒビを入れる人でもある。
あなたは私に「友達」であることを要求するけれど、
あなた自身は私に対して真の「友達」として振る舞いましたか?
「友達」って、それはたくさん物をくれることではないよね?
あなたは気づかなきゃいけない。
本当の友達って、自分の欲を満たしてくれる存在ではないことを。
自分がいくら欲しくても、相手が「それはできない」ということを
無理にでもさせようとするのは友達じゃない。
大人になると、こんなまやかしの友達だらけ。
だから私は「友達」という幻想に期待しないし、
簡単に他人を「友達」とは思わないし、
ちょっと知り合っただけで「友達」呼ばわりする人を信用しない。
そんな私は実は誰よりも人とつながることが好き。
好きだからこそ、距離を保ちたい。
他人を自分の利害のために利用したくないだけ。
たくさんの「友達」がいるほうが、大人になってからは何かと有利なのはわかってる。
友達が多い人ほど、たくさんの情報を持ち、良い思いもたくさん味わってる。
けれどつまらない煩わしさもたくさんある。
中にはネットワークビジネスに引き入れるために友達を増やすような人もいる。
そういう人は、言葉がうまくて相手の自尊心をくすぐるような安っぽいことばかり言う。
そのことに気づけないで後になってから泣きを見る、そんなパカげたことを繰り返す人を見てきた。
人は自分に都合のよいことしか目に入らないようになっている。
横から何を言っても、妬み嫉みに思われてしまうから、何も言わないできた。
自分の欲に引きずられて、都合のよい人だけを友達というのなら、私はごめん、お付き合いできない。
そう思ってできないこと、したくないことははっきりと「したくない」「できない」と言った。
たかが5年のお付き合い、これにて終了。
最初に感じた相手の身勝手さ、結局それがさよならの原因になった。
この5年、彼女のおかげでとても楽しかったしピンチの時にはなんども助けられた。
そのことは本当に感謝している。今も。
けれど、私が「できない」「したくない」ことをあなたのわがままに合わせて「する」のは、
私の自尊心をこのうえなく傷つけること。もうそういうことはしたくないの。