自分には主体性がない
それが育った環境によるものなのか
それとも性格上のものなのかはわからない
でも人生気がついたら全てを他人に委ねていた
自分が進む道もやる事も、全部周りの人間に聞いてそれを忠実にやるだけ
でもどこかに隠れた主体性は眠っているようで、それがたまにいやになって死にたいと思う
それに気づいてから少しずつ自分の主体性を伸ばすように頑張った
でも、時間がかかる。調べてみると主体性が無いように生きてきた人間が主体性を得るためには今まで生きた時間の半分を使わなければいけないらしい
自分はもうすぐ二十歳の後半
十数年かかる
今までやった事がない事をやるのは非常に疲れる
自分の意思がなんなのかも正直よく分からない
主体性が欲しい。環境や他人でころころ変わる価値観ではなく、自分が本当に求める価値観が欲しい
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
何の慰めにもならないかもしれませんが、あなたと同じように感じている私は、現在40代です。
主体性が持てる頃には早くてももう老人。
気が遠くなるような期間で、きっとその間に何度も挫折するだろうなぁと、自分でも正直思います。
本当に難しいし疲れますよね。
でも、こう考えてみたんです。
到達点は、遙か彼方にあるけれど、やればやるだけ必ず近づいている。ということ。
全く主体性のなかったスタート地点の自分と比べれば、まずは、主体性のなさに気付いただけでも一歩前進。それを克服するために調べて知識を得ただけでも二歩前進。
そして、実際に頑張っていることで、さらに前進。
今、もう何なのか分からなくなって挫折しそうになるけど、以前の自分よりかは、確実に前進出来ていることは確かだなと。
ゴール地点が全てではなく、スタート地点からは間違いなく進んでいる自分を意識した方がいいなと思います。
二十代でスタート地点に立てたあなたは、四十代でやっと気付いたわたしよりも、ラッキーかもしれない。とポジティブにとらえてみるのも、モチベーションを保つ方法のひとつになるかも…。という、多少お節介な気持ちも含めてしまいましたが、まだまだ若さ溢れるあなたを応援したいなと思ってお返事書かせていただきました。
何もなかった地面に、チョコンと二葉が芽を出した。そのことがもう、素晴らしい変化なのだと思います。
私も気長に、ボチボチ育てていこうと思います。
ななしさん
>自分が進む道もやる事も、
>全部周りの人間に聞いてそれを忠実にやるだけ
具体的に言うと、どんな感じなんだろう。進学先も就職先も、趣味も食べるものも、全て他人に委ねていたのかな。それはそれで面白い気がする。何かの境地みたいで憧れすら感じる。
他人の判断に身を任せる生き方もあるんではないか。進む道を、ダウジングロッドだかL字型の金属棒みたいなので、いちいち決める人がいる。その指示に従うと正しい方に導いてくれるんだとか。
いや、でも、やはり、主体性がないというのは危険だ。それを委ねた相手が悪質なおかしな人間であれば、あなたは非道徳な行為に手を染めてしまうかもしれない。
今日何が食べたいか、今あなたの胃は体は何を求めているか。カレー、ラーメン、寿司、牛丼、うどん、それを決めるのはあなただ。自分の心身が何を求めているのか、そこから始めてみてはどうか。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください