自分にはいくつか欠陥があるなと思うのだけど、その最たるもののひとつが、他の何かのためにという意識が薄いことだと思う。
19年生きてきてようやくそんなことに気づいた。大学に来たものの何をやりたいかとかないし、社会のために何が出来るかとか全く知らん。考えたこともない。
家族から家庭で随分非難されてきたことも、やっとこれが原因なんだなと思った。やっとどうにか頑張って考えなきゃいけないと思った。まだ具体的にはわからないけど。
今私が生きているのは親とか、先生とか、周りの人間のおかげだけども、ひとつもなにかしようと思えないことに気づいて、あまりに自分が知ってる『人間』と違ってておかしくて笑ってしまった。
とりあえず家のことから始めてみようと思う。ちなみにちゃんとしたモラルは守ってるよ。お金のこととかはしつけられたし。
多分、忙しいシングルマザーを思って家事とかするのが普通なんだろう。他のことでも、仮に社会の普通じゃなくとも母親の頭の中では普通なんだろう。そういうことからやってみようと思う。母親を首領とする私の家族の一員であるために。
それでいつか本当に誰かのためにって思えたらいいんだけど。
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ななしさん
素敵なことだと思います。
私は主様の年齢のときは、お恥ずかしいことに、周りに感謝することすらできていませんでした。
家のためを思っての行動も、社会に出てからきっと役に立ちます。
ななしさん
へー面白いねー。
そう考えると、私はなぜ人のために何かをすることがあるんだろう。それで人が喜んでくれると自分も嬉しいんだよね。お互いに信頼が深まったり、いいこともある。
それが社会性みたいなものの始まりなのかな。助け合いとか。主さんはそこの回路みたいなのがあまり働かないのかもね。
でも無理しなくてもいい気がする。人のために、なんていっても、実はエゴとか偽善の場合だってあるし。見返り目的のね。詐欺の場合もあるし。だからその意識が薄いって正直に言う主さんのほうが私は信頼できるな。
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